第9話 傑物の予感
出会いの地から馬車で出立すること七日間、エメリーヌたちはラビリア王国の中央から西に少し行った場所に位置するルクアという街にたどり着いた。
これから約半月ほどルクアに滞在し、ロットのさび落としとBランク迷宮での連携強化を行うことになっている。
「では、行ってくる」
「はい。どうかお気をつけて」
長剣を腰の鞘に収めたロットが、手を挙げてから宿を後にする。
「さて――」
今日、ロットはさび落としのために単独でBランクの迷宮に潜るという。ロット曰く、十階層ほど探索するため、戻ってくるのは翌日の昼頃らしい。
ロットが戻って来るまでの間、いくつかやろうと決めたことを実践するため、エメリーヌは早速宿を出た。
最初に向かったのは、神官なら週に一度は訪れる教会。そこで今後も厚い加護を賜ることに加えて、探索に行っているロットの無事を祈願する。
そして、その次に図書館へと足を運んだ。
「たぶん、この辺のはず――」
探しているのは、ルクア周辺にある後日挑戦することになるBランクの迷宮に関する資料。
Cランク以下の迷宮については、冒険者ギルドに資料が保管されているものの、長らく探索の手が伸びていない上位の迷宮のものは、図書館に保管されていることが多い。
「これだわ」
目的の資料を持って、適当な机に座る。
(クリアール迷宮――全二十五階層)
百ページ余りの資料には、攻略が完了している各階層についての情報が書かれている。
特筆すべきは、上の階層へ向かえば向かうほど最終更新日が遥か昔になっていくという点だ。
(第二十五階層は、八百年前……第四階層は……)
完全に攻略しなければいけない階層の最終更新日を見ると、約三十年前。
第一階層についても十三年前と、ここ数年まともに探索された形跡が一切ないということがわかる。
基本的に時間の経過によって迷宮内に変化があることはないため、過去の情報であっても十分に信用には足る。
(しょ、詳細を確認しましょう)
最終更新日を見るのは、確かに興味深い。
ただ、これ以上見ていくのは変に気が張る原因になる。
各階層の地形や出現する魔物について、情報を確認していく。
(オーガキングに、スライムクラウン……)
キングやクラウンといった王を連想させるものが多数と、以前戦ったタイガーボアを上回るレベルの魔物の名前に気が引けそうになる。
それからさらに地形の把握や、それにどうロットが対応するかの予測などを進め、気づいた時には窓から夕陽が差し込んでいた。
司書が閉館を知らせるベルを館内でリンリンと鳴らす中、それに従ってエメリーヌは外に出る。
(夕飯はどうしよう……)
宿に併設されたレストランを使うのが無難だろうが、割と値段が張る。当然のように、ロットから食費を渡されてはいるが、節約をするに越したことない。
(せっかくだし――)
市場に出れば、色々と屋台が出ているはず。
最近は比較的豪勢な食事が多かったので、久しぶりに冒険者らしい庶民的な味が恋しくなった。
目的地を決めて、いざ一歩を踏み出そうとした。その時だった――。
「あれ、リーヌじゃん」
「――っ、カイル、さん……」
振り返ると、茶色い短髪で、まあまあ顔立ちの整った、軽い声色の軽薄な印象を感じさせる男が立っていた。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
カイルは、以前エメリーヌが所属していたパーティーのメンバーだった。
女癖が悪く、最初こそ大人しくしていたが、次第に言い寄って来るようになり、仕
方なくパーティーを抜ける原因になった。
(どうして、こんな時に……っ)
ロットがいてくれれば容易に対処できた状況だが、今は違う。
「ちょっとちょっと、そんな怖い顔しないでよ~」
「どの口がそんなことを」
「いやいや、あれは普通にリーヌが悪いんだよ? 君みたいな子がいたら、手、出したくなるって。他のパーティーでもそうだったでしょ?」
「――っ」
カイルの言う通り、つい最近抜けたパーティーでもそうだった。
いつも、自分の美貌は災いを持ってきていた。ただ、それも今となってはロットに
奇麗と言ってもらえるのでしっかりプラスとなっているが。
「あの、もういいですか?」
「いいですかって、まだ会って少ししか」
「用がないなら、ここで失礼します」
これ以上、付き合っていては時間の無駄だ。それどころか、薄れていた辛い記憶まで呼び覚まさすことになってしまう。
すぐにこの場を立ち去ろうと、カイルに背中を向けて歩き出そうとする。
「ちょっと、待ってよ――」
「――っ、離してください!」
エメリーヌの細い腕を、カイルの分厚い手が掴んでくる。
人通りは少ないがゼロではない。であるにもかかわらず、誰もエメリーヌの声に反応はしなかった。
ロットには程通りが、カイルはエメリーヌがパーティーを組んだ冒険者の中ではそれなりの実力を持っていた。
当然、身体も鍛えられていて、それを見て周囲は助けることを躊躇しているというのが現状と思われる。
(振りほどけない……っ)
何度か抵抗してみるが、状況を打開できそうにない。
(ロットさん……っ)
心の中で、エメリーヌの夢を叶えるために、高難易度の迷宮に単独で挑み自分を高めている傑物の名前を呼ぶ。
ロットは絶対に嘘をつかない。それは、この場には絶対に現れないことを同時に意味している。
不安が胸の中心を侵食していくとともに、目頭が熱くなってくる。そんな時だった。
「放しなよ。嫌がってるでしょ?」
エメリーヌたちの間に割って入るように、一人の女性が現れた。
お下げにされた青みがかった黒髪を肩にかけ、端正な顔立ちで、青紫色のローブを華奢な身体にまとっている。
年代は恐らくだが、ロットに近いのではないだろうか。
「誰だよ、おばさん――」
カイルがその一言を発した瞬間、エメリーヌは彼の魔の手から解放された。
本当に一瞬の出来事――女性にカイルが投げ飛ばされ、地面に叩きつけられるようにして意識を失った。
「お嬢さん、大丈夫?」
どう見ても、大丈夫ではないのはカイルの方だが、女性はエメリーヌの方しか見ていない。
「は、はい。ありがとうございます……」
周囲が騒がしくなり始める中、感謝を伝えながらエメリーヌは思った。
(この人、少しロットさんに似ている……?)
傑物の持つ特有の雰囲気――オーラのようなものを、エメリーヌは感じていた。




