第10話 恩人の罠
せっかくだし夕飯でもどう?
助けてもらったという建前、断ることもできず、エメリーヌは女性からの提案を受け入れた。
「私はイーナ。あなたは?」
「エメリーヌです。気軽にリーヌとお呼びください」
適当に入った酒場で互いに好きな飲み物を頼み、それが来たところでお互い名乗り合う。
ちなみにイーナは葡萄酒で、エメリーヌは葡萄の果実水。恩人とはいえ、初対面の人の前で酔うわけにはいかない。
「改めて。イーナさん、先ほどは助けていただいてありがとうございました」
「いいって、別に。あの程度」
「あの程度、ですか……」
ぐぴぐぴと勢いよく葡萄酒を喉に流し込むイーナに、エメリーヌは思わず腰を引きそうになる。
カイルを投げ飛ばすのを見たとき、初めてロットとの戦闘を見たときに感じたものと同種の感覚を覚えたのだ。
「どしたの?」
「いえ、今思い出しても、素晴らしい動きだったなと」
「そう?」
「はい、かなり名のある武術家でもあそこまでは」
「大げさよ~。だって私、魔法師よ?」
「――はい?」
「だから、私、魔法師!」
自分の職種を再アピールすると同時に、追加の葡萄酒を頼むイーナ。
確かに、イーナが着ている青紫色のローブの形状は、よく魔法師がまとっているものではある。
それによく見てみてみると、かなり上質な素材ではないだろうか。少なくとも、低位の冒険者が手に入れられるものではない。
イーナの話が本当だとすると、彼女は本職と見間違えるほどの体術を使える、上位の魔法師だということになる。
「やっぱり、似ている……」
「似ているって、誰に?」
「――っ、い、いえこれは……っ」
考えていたことが、思わず声に出てしまっていたらしい。
「ちょっと、気になるじゃない。もしかして彼氏とか~?」
「そ、そんなのじゃありません!」
彼氏というより、婚約者といった方が近いかもれしない。
(私とロットさんって……)
イーナに鼻から話すつもりはないが、それでも今のロットの関係を上手く言い表すことができないことに気づく。
「あっ、今その男のこと考えてたでしょ」
「だから、そういうわけでは――」
「自分の女が危ないときにいない男、何てね~」
「――っ、ロットさんはそんな人じゃありません……っ!」
ロットのことを悪く言われ、反射的に答えてしまった。これは完全に失言だ。
そして、感情的になったエメリーヌとは反対に、イーナは興味深そうに目を細める。
(この人、わざと……っ!)
失言が意図的に引き出されたものとわかり、エメリーヌの心音が僅かに早まる。
「ねえ、そのロットさん? って、今、どこにいるの?」
「言えません」
「え~、釣れないな~。まあ、でも仕方ないか」
イーナは右手の人差し指を立てて、エメリーヌに軽く突きつける。
「な、何ですか――」
「ごめんね」
「えっ――」
イーナが謝罪の言葉を口にした瞬間、エメリーヌは意識を失った。
そして、気づいたときには宿の寝台の上にいた。
「これは――」
近くに一枚の手紙があった。
――ちょっと、ロットに会ってくるね。
高位の魔法師のみが使えるとされる催眠魔法――自分の意識を奪ったものがそれだと気づき、エメリーヌはロットの居場所を吐かされたのだと悟った。
※※※
エメリーヌがイーナと出会ってから半日の時間が経ち、ロットは予定通り迷宮の探索を終え、地上に戻ってきた。
「誰だ――」
現代において、Bランクの迷宮の入り口に近づくものなどいないに等しい。
加えて、意図的に自分の気配をロットに悟らせようとしている点を加えると、なお怪しさを増す。
ロットの問いかけに対して、相手はすぐに姿を現した。
「久しぶり。ロット」
「お前は――イーナか」
ロットを待ち伏せていたのは、青紫色のローブをまとった魔法師――イーナだった。




