第8話 手料理
リンツオの迷宮探索を終えた翌日。
――着替えは侍女にさせたから安心して欲しい。
ロットは開口一番に、目覚めたエメリーヌへそう言った。
別に怒ったりしないのにと思うのと同時に、この人らしいなと微笑が漏れた。
そんな朝一番を終えてから、昨日と同じように二人で向かい合って朝食を取り始める。
「予定通り、出立は明日。今日は市場でそのための準備をする。疲れているなら宿で休んでいてもらって構わないが、リーヌはどうする?」
「もちろんご一緒します!」
ロットの提案に対して、迷うことなく同行を希望する。
ディアールの迷宮があるのは、ラビリア王国の最西端にあるセルカ辺境伯領で、今いる街からは馬車で一月はかかる。
単純な移動時間に加え、道中にBランクの迷宮への探索を挟むとなると、最短でも二月は時間を要する長旅になるだろう。
そうなると、ロットには判断が難しい女性特有の必需品も出てくるというものだ。
「そうか、助かる」
「まずはどこから向かいますか?」
「そうだな――」
まずは武具の新調――特にエメリーヌの装備についてロット的には不安があるらしく、そちらから取り掛かることになった。
幸い、今いる街がある領地の規模は国の中でも比較的大きく、良質な武具を取り扱う店もあるため、揃えるなら今が最適だ。
「神官服の下に着ている楔帷子だが、素材が心もとない。より軽く耐久性のあるものに変える」
今使っているものは使い始めて五年は優に経っているため、買い替え時ではある。
「どれにしましょうか」
武具屋で色々と物色しようとすると、ロットが迷わず一つを指す。
「これしかあるまい」
「――っ、そ、それは……っ!?」
ロットが指したのは、Aランク以上の迷宮で取れる鉱石を使った、耐久性と軽量性の両方を備えた店内にある最上級品。
金額は金貨三枚――それだけあれば、現在宿泊している高級な宿を一年間利用し続けることが可能だ。
「あの、さすがにこんなお金、私……」
「何を言っている。俺が払うに決まっているだろう。さあ、次だ――」
どうやら、白金級冒険者の実力だけでなく、財力についても見誤っていたらしい。
神官服や錫杖といった神具は神殿にて取り扱われているため、神殿へと向かう。
ここでも最高品質の物をそろえたため、今日だけでロットの財布からは金貨十枚――普通に家が建つレベルの金銭が出て行った。
「どうした、元気がないな?」
武具を揃え、日用品を買いそろえに行こうと街を散策する中、歩くペースが落ちていたエメリーヌに、ロットが心配そうに立ち止まる。
「さすがに、ここまでしてもらうのは気が引けるというか……」
無論、ディアールに行きたいと言っているはエメリーヌだし、今回ロットにさせた出費はそのためには必要なものではあったのには違いない。
それに、ロット自身「使い道のなかった金だといって、まったく気に留めていない」と言ってくれているのが現状だ。
ただ、それでも一介の冒険者に払える額ではないし、無謀な夢を持っていたこと以外は常識的なエメリーヌにとって、それを気にしないで欲しいというのは無理な相談だ。
「あの、せめて私に何かできることはありますか?」
金貨十枚の価値があるようなことなど、ほとんどできないことはわかっているが、それでも何もせずにはいられない。
「別に俺は、君と過ごせれば――」
「それでもです!」
「……」
ロットが表情を歪める。無論、不快に思っているというのではなく、純粋にどうしたものかと苦心しているといった感じ。
少しばかり腕を組み、唸りながら考えた末、ボソッとロットは呟いた。
「手料理」
「えっ――」
「せっかくだから、何か作ってくれないか?」
当然、材料費は自分が出すからと言って、ロットは手料理を所望した。
「そんなことで、よろしいのですか?」
「ああ。もう何年も食べていないからな。それとも料理は苦――」
「できます! 自信、あります!」
前衛職に比べて負担が少ない後衛職で、料理はパーティーを組む上での重要なスキル。
加えて、冒険者になる前の生活では、嫌というほど味覚を鍛えられていたため、味付けのセンスもしっかりある。
料理をパーティーメンバーに振る舞っていたときは、お世辞を抜きにしても好評の一言に尽きるし、何ならそれが原因で色恋沙汰に発展してしまったこともある。
自信があると言ったのは、自己評価もあるが、他者からの評価も悪くなかったからに他ならなかった。
「そ、そうか、自信があるようで何よりだ」
「はい。立派な食材さえあれば、絶対期待に応えてみせます!」
それから日用品を買いそろえ、エメリーヌが主導する形で食材を買い終わると、無理をいって宿の厨房を借りて手料理を作った。
「どうぞ」
作ったのは野菜が沢山入ったシチュー。手の凝った料理でもよかったが、普段からお高い食事を取りがちなロットのことを考えると、こういった家庭的な料理の方が適していると考えた結果だ。
「美味しそうだな」
「はい。自信作です」
「では、早速――」
ロットが木製のスプーンでシチューを一口。
「どう、ですか?」
自信作とは言ったが、舌が肥えているのはロットとて同じ。
少しばかり、緊張気味に尋ねてみる。
「(本当に、どうして――)」
「ロット、さん……?」
何か呟いたかと思うと、ロットは穏やかな笑みを浮かべて答える。
「すごく美味しい」
嘘を言っている様子ではないのを見て、ほっと一息つく。
「お望みなら、毎日でも作りますよ?」
「そうだな、これから一緒に過ごすのが楽しみだ」
ロットの心からの言葉に、思わず頬が緩むエメリーヌだった。




