第7話 探索を終えて
三時間ほどでリンツオの迷宮を出た二人は、入り口のある森を抜け、二人が出会った街へと続く開けた街道で、馬車を拾った。
ロットとしては行きと同様、歩いて街へ帰ることも問題ないが、慣れない迷宮での探索で疲労が溜まっているエメリーヌのことを配慮した結果だ。
「リーヌ。今日はどうだった?」
「……」
荷台に並んで座るエメリーヌへの問いに返ってきたのは、小さな寝息。
(寝てしまったか)
やはり馬車を拾って正解だったと、ロットは微笑を洩らした。
(それにしても、よくもまあ――)
純白の神官服を身にまとうエメリーヌを、ロットは改めて見やる。
胸のあたりまで伸びる金髪は癖もなくまるで絹糸のよう。
青く澄んだ切れながの瞳を覆う瞼には、長いまつ毛が見えて、その下の鼻筋は長くとっていて、寝息を立てる小さな唇は薄い。
ボディーラインが比較的わかりにくい神官服の上からでも、身体にはほどよく筋肉がついていて、しっかりと引き締まるべきところがそうなっているのがわかる。
唯一、冒険者稼業の弊害で、白い肌に僅かな荒れこそあるが、ロットとしてはむしろ好感が持てる。
エメリーヌは、紛れもない美女だった。
どうしてこんな美女が、ここまで何事もなく自分とこうして会うまで冒険者を続けてこられたのか。
その点がずっと、ロットには不思議だった。
(まあ、考えても仕方がない)
素性という意味では、ロット自身も大概エメリーヌから見れば謎が多いと思われているに違いない。
世間の評価として、ロットは英雄と呼ばれても遜色ない実力を持っている。
普通なら、四十路手前まで独身でいることはあり得ない。大抵は妻を三、四人かこっているものだ。
「――ロット、さん……」
隣から名前を呼ばれ、向いてみると依然としてエメリーヌは寝息を立てている。
(まったく――)
白髪交じりの髪を片手で後ろにかき上げながら、再び頬を緩める。
エメリーヌと出会って、まだ一日も経っていない。
それでもロットの心の中には、エメリーヌを幸せにしてやりたいという強い気持ちがはっきりと存在していた。
(この出会いに、感謝だな――)
ディアールにただならぬ思いがあるのは、エメリーヌだけではない。
ロット自身にもまた、自分の中で整理をつけなければならない思いがある。
ディアールへの旅を続ける中で、きっとそれと決別できるときがくる。
(そのときになったら、ちゃんと――)
伝えられたらいいな――ぼんやりとそう考えながら、ロットもゆっくり瞳を閉じた。
※※※
朝、目が覚めたら英雄がいて、自分の願いを叶えてくれると約束してくれた。
十年間、無謀と言われ続けた夢。
最初は冗談かと思ったけれど、その人は本物の英雄だった。
そして、もう一度眠りについて、目が覚めれば――。
「――っ!?」
ディアールでの求婚という、無謀なことが今の時世で叶うはずがない。
すべては、自分の執念が生み出した夢。
そんな嫌な妄想が脳裏をよぎって、エメリーヌは咄嗟に目を覚ました。
身体が、柔らかい上質な寝具に包まれている。
天井は、見覚えのあるヤニのシミ一つない奇麗な天井。
(ここは……)
恐らく、帰りに乗った荷馬車で寝落ちしてしまって、そのままロットが宿まで運んできてくれたのだろう。
すぐに隣へ視線を向ける――中年が寝台の上で眠っていた。
白髪交じりの黒髪をオールバックにした、端正な顔立ちの中年。無精ひげが少し生えていて、体つきは若々しく隆々としている。
ほっとして、夢ではなかったと、思わず瞳から涙が零れそうになった。
(本当にこの人が、私を――)
ロットが眠っているということで、迷宮の中でできなかった惚気が自然と始まった。
本当に、ロットと出会えたことは奇跡だ。
そもそも、ロットのような英雄といって差し支えのない傑物と出会うこと自体、そうそうあるものではない。
加えて、それが独身である確立など、ほぼないに等しい。
(どうして、このような方が――)
ロットには少しばかり、哀愁が漂っている感がある。
可能性として考えられるのは、未亡人であるという線だろうか。
いや、ロットは良くも悪くも一本気な性格で、この世を去った元妻を忘れ、他の女性と共にとはならないだろう。
(やめましょう。これ以上は)
ロットからすれば、エメリーヌだって謎の多い人物に他ならない。
客観的にみれば、どう考えても自分は訳あり物件だ。
普通、エメリーヌの年齢になれば、子供が二人か三人はいるのは当たり前。
それがおとぎ話を夢見て未だに経験がないなど――そこまで考えて、再び止める。
とにもかくにも、ロットに比べたら、よほど自分の方が悪い意味で異様な女だ。
あれこれロットの詮索をするべきではない。とはいえ――。
(いつかは、私の本当のことを――)
一つだけ、エメリーヌには隠していることがある。
もしかしたら、色々と勘が良さそうなだけに、ロットは気づいているのかもしれない。
(十年以上、何もしてきていないじゃない。だから、まだ時間はあるはずよ)
今になって、何かしてくるようなことがあるわけがない。
少しだけ不安になったが、すぐに前向きに思い直す。
(そんなことより――)
エメリーヌは、自分が着ている服を見る。
探索のときに使用していた神官服ではない。
上下ともに長そでの薄青色の寝巻着。恐らく、この宿が用意しているもの。
(ま、まさか――)
ロットが着替えさせたというのだろうか。
いや、ロットのことなので宿の女性従業員にさせたに違いない。
(でも、別に――)
色々と考えたところで、ロットにならと、自然と思ってしまっていた。




