第6話 初めての共同作業②
二人にとって、初めての共同作業が始まった。
自身の間合い半径一メートルに入ったロットに、タイガーボアは意識を向ける。
これが普通のボアならすぐに攻撃してくるところが、タイガーボアは違う。
「来ないのか?」
挑発にも乗ってこない。通常個体に比べて知性の高い上位種は、冷静に攻撃を仕掛ける間合いを図っていた。
ロットといえど、これでは安易には踏み込めない。
「そうか。そっちがそのつもりなら――」
ロットは短剣と一緒に腰に装備した麻袋の中から、投てき用の薄い小さな刃を取り出すと、そのままタイガーボアの鼻目掛けて投げつけた。
投げつける直前に、風の加速魔法をかけたのだろう。小ナイフはタイガーボアに躱す余裕を与えず突き刺さる。
「――っ」
身体を突き抜けるまではしなかったが、しっかりと小ナイフは鼻にめり込んだ。少なくとも外からでは刀身が見えない。
異物を外から取り込む形になったタイガーボアが、小さく悲鳴を上げる。
間もなくして、タイガーボアが動いた。
「そうだ。攻めて来い!」
周囲の岩や樹木を蹴って、タイガーボアが縦横無尽にロットへ襲い掛かる。
「ロットさん……っ!」
思わずエメリーヌは声を出す。
しかし、状況はエメリーヌが思っているよりひっ迫していないらしい。
ひょうひょうとした表情を、ロットはエメリーヌに向ける。
――ゆっくり、確実にできると思ったタイミングで防御幕を使え。
時間を稼ぐなど造作もないと、ロットは行動でエメリーヌを安心させようとしてくれているのが伝わる。
とはいえ、あまり長引かせてロットを疲れさせることはあってはいけない。
(早く、タイミングを掴まないと)
目の前で繰り広げられる戦闘は、今まで経験したことがない速さで進んでいる。
そのスピードに、一分一秒でも早く順応しなければ――。
戦闘の観察に、集中する。特に、ロットの一挙手一投足は絶対に見落とさない。
(すごい……)
見れば見るほどロットの動きは鮮やかで、それでいて計算された動きであることが見えてくる。
ロットの動きは常に一定で、さらに本来は不規則なタイガーボアの動きさえも一定にコントロールして見せている。
これは明らかに、エメリーヌがタイミングを掴みやすいように慮られたものだ。
(これなら――)
行ける、絶対に。
「ロットさん……っ!」
今度は先ほどの悲観的なものとは真逆に、上向きな調子で声を上げた。
エメリーヌの声に反応して、一瞬だけロットが視線を寄こしてくる。
――準備はいいな?
力強く頷くと、ロットはエメリーヌの方へ向かってタイガーボアを引き付けた。
相変わらず、直線とは異なる動きで近づいてくる虎柄の猪。
しかし、ロットの誘導は完璧で、エメリーヌの目にはタイガーボアが取る次の動きが明らかだった。
(そろそろだわ)
エメリーヌとロットの距離が五メートルを切ったタイミングで、ロットが風魔法を応用して大きく跳躍した。
タイガーボアの巨大な牙がエメリーヌに向けられる。ロットに向けていた勢いそのままに、突っ込んできた。
「防御幕!」
両手で持った錫杖を、先端についた金細工をタイガーボアへ向けながら奇跡を呼んだ。
エメリーヌとタイガーボアの間に、三枚のガラスのような薄膜が展開された。
タイガーボアが薄膜に激突する。
初めて体験した大きな衝撃に、二秒と持たずに一枚目の防御幕が割れて砕け散る。それと同時にエメリーヌは地面に片膝をついた。
二枚目の衝撃――額に少なくない汗が滲む。最終的に破壊されてしまったが、攻撃の勢いを殆ど殺すことができた。
三枚目――破壊されることなく、完全に動きを止めた。
大きな攻撃を受け止められた反動で、ピクリとタイガーボアは動きを止めた。
その瞬間、跳躍していたロットが剣を振り上げた姿勢でタイガーボアへ向かっていた。
「よくやったな、リーヌ」
その一言と同時に剣を振り下ろし、タイガーボアの胴体を一等両断。こぶし大の、黄色の魔石となって消え去った。
平然と魔石を回収するロットとは逆に、エメリーヌは腰を地面にくっつける。完全に身体から力が抜けてしまった。
「どうした?」
「――」
息を整えることに必死で、声を出せない。
何度も、ゆっくり呼吸を繰り返して、ようやく落ち着いたタイミングで我に返った。
「怖かったです」
本音が漏れた。エメリーヌが失敗したとしても、ロットの事なので対処策は万全であったはずだったが、それでもタイガーボアの攻撃を防ぎ切れなかったらと、恐怖した。
「――ちょっと、リーヌ」
隣に座っていたロットのたくましい腕に、反射的に抱き着いた。
「――」
若干の動揺を見せながらも、ロットは文句ひとつ言わずエメリーヌが落ち着くまでゆっくりと背中をさすり続けた。
そして、ようやく探索を再開するとすぐに、エメリーヌは自己嫌悪に陥った。
「すみません。お見苦しいところを……」
「まあ、上位の魔物との初戦闘はこんなものだろう」
これでは先が本当に思いやられる。
エメリーヌ自身が思っていることを口にすることなく、広い心で受け入れてくれるロットに、余計に頬が熱くなる。
自分の実力をありのまま実感させられて、よくこんな実力で十年間も夢を見続けられたものだと思ってしまう。
現実とは、本当に厳しいものだ。
だからこそと、ロットという偉人との出会いがどれほど大きな価値あるものなのかを再認識させられる。
「あの、ロットさん」
「何だ?」
「私のこと、見捨てないくださいね?」
半分冗談、半分真剣なエメリーヌの言葉に、ロットは虚を突かれたように目を丸くし、そのまま小さく口角を上げる。
「見捨てたりしないさ。俺としても――おっと」
「俺としても、何です?」
「いや、何でもない」
口を滑らしそうになった――そんな感じのロットの反応に、思わず追求しそうになるがウザいと嫌われたくないのでやめておく。
「見えてきた。第五階層に続くポータルだ」
ロットの言葉通り、いよいよゴールが見えてくる。
ポータルに乗って、第五階層にたどり着いた。
「やっと着いた~」
今日の目標を達成したと、エメリーヌは思い切り腰を落とす。
「お疲れ様。とりあえず今日のところはここまでだな」
まだまだ先は長いが、それでも第五階層まで到達できた。それも冒険者全体の八割は一階層も進めないCランクの迷宮で。
エメリーヌにとっては、今までにないほどに自信になった。
「さて、リーヌ」
「何ですか?」
「戻ろうか」
「……へ?」
迷宮は一度進んだら、また元来た道を戻らなければならない。
あまりの達成感に、そんな簡単なことを忘れてしまっていた。
エメリーヌの心境は、まさしく目の前に広がっている第五階層の荒野そのものだった。




