第4話 そんな風に言われたら
気づけば、すでに第二階層を突破しようとしていた。第三階層に到達した時点で、今回の探索もちょうど折り返し地点となる。
Cランクの迷宮となれば、一つの階層を突破するには二時間近くは要する。それをロットは、その時間の四分の一で突破してしまった。
対峙した魔物を倒すスピードが異常に早いのだ。
「そろそろ、休憩にしようか」
「――はい!」
戦闘はすべてロットに任せていたとはいえ、足を引っ張らないように立ち位置を変えたり、周囲を警戒したりすれば、精神的な疲労は溜まる。
何もしていない身で弱音を吐くわけにはいかなかったので、ロットからのこの申し出は素直にありがたかった。
ポータルの周辺は、比較的魔物が襲ってこないセーフゾーンとされている。
そのため、第二階層へと続くポータルを使って第三階層に移動してから、二人はポータルの近くに座って休息を取ることにした。
「ここまでの調子はどうだ?」
「どうだと言われましても……」
エメリーヌは基本的に何もしていない。強いていえば、無双状態のロットの背中を見失わないよう、ちゃんとついて行っているくらいだ。
言葉に詰まっているエメリーヌの様子に、あまり状況が芳しくないと受け取ったのか、ロットは眉を少し八の字にする。
「すまない。何か至らない点があったか?」
「――っ、い、いえ。とんでもないです!」
「そ、そうか……」
ロットの表情は、明らかに納得していない。
しかし、誤解を解くための気の利いた言い訳も思いつかない。
このまま黙っていては、余計に状況を悪化させるだけだと、エメリーヌは別の話題をひねり出した。
「そういえば、ロットさんって、魔法師だったんですね」
エメリーヌは、ロットの腰に備えられた短剣に視線を向けながら尋ねる。
最初はそれを使って戦闘をこなしていくものと思っていたのだが、ここに至るまで、ロットはすべての戦闘を魔法で片付けている。
「本職は魔法師ではない。パーティーを組んでいた頃はタンクをしていた」
「そうなんですね、通りで身体つきがしっかりしていると思いました!」
魔法師の中でも、身体を鍛えている者は少なくないが、ロットの隆々とした筋肉の付き方は、明らかに近接戦闘で培われたものだった。
「もしかして、魔法を使って戦闘しているのは、その方が私を守りやすかったりするからですか?」
「そうだな。それに遠距離攻撃の方が楽でいいって……っ!?」
突然、ロットは衝撃を受けたといった様子で、右手を使って額を抑えた。
「ど、どうしたんですか!」
「いや、私はとんだ失敗をしてしまったなと」
「失敗……ですか?」
今に至るまでに、ロットが一体何をやらかしてしまったというのだろうか。エメリーヌにはまったく見当もつかない。
「剣士である必要があるだろう」
「えっ……?」
「リーヌの憧れる物語では、プロポーズするのは剣士だっただろ?」
「そ、そういえば……」
「リーヌの夢を叶えるという意味で、俺は剣士でなければいけなかった……」
心から落ち込んでいることがわかるくらい、声を低くしたロットに、咄嗟にエメリーヌは声を上げる。
「べ、別にそこまで求めませんから! 私はディアールに連れて行ってくれるというだけで普通に十分ですから!」
「ダメだ。というより、本当にそう思っているのか」
「思ってます!」
強く出たエメリーヌに対して、やはりロットは懐疑的な視線を向けてくる。
「では、どうして神官を続けている?」
「――」
咄嗟に言葉が出てこなかった。
神官は色々と制約が多い。一番は何より、自由に恋愛ができない。
そんな中でも神官を続けてきたことに、ロットは職業にこだわりを持っていると感じただろう。
「本当のことを、言って欲しい」
実際、今のエメリーヌが相手の職業に拘っていないのは事実だ。
しかし、最初に夢を見たあの頃は、確かに相手が剣士であって欲しいと願っていた。
あまりにも、現実味がなさ過ぎる願いであったがために、いつしかこだわりが消えていて、ディアールに行けさえすればいいとなっていた。
「リーヌ。俺は君が一番幸せを感じる方法で求婚したいんだ」
「――っ」
心臓が小さく飛び跳ねる。
まだ、会ってから一日も経っていない。
それでも、ロットのエメリーヌを思う言葉に、一切の嘘偽りは感じられなかった。
(そ、そんな風に言われたら……っ)
ロットが一番やりやすいように――一番お互いが安全に目的を達成できれば、本当にそれでいい。
その気持ちに嘘はない。けれど、理想を求めて欲しいと迫らせたのなら――。
「お願いしても、いいですか?」
頬を朱に染めながら、腰の短剣の鞘に、そっと触れながらそう言った。
「ああ、もちろん」
返ってきたのは、満足そうな微笑だった。




