第21話 約束の地へ
休憩を終えて挑んだ第三階層は、事前に入手していた地図によって想定通り問題なく突破することができた。
そして、各フロアで戦闘を強いられる『らせんの回廊』の攻略についても、順調に進み残すは最後のフロアとなっていた。
「リーヌ。大丈夫か?」
最後のフロアボスがいる小部屋へ続く扉の前で、ロットがエメリーヌに声をかける。
「はい。いよいよ次で最後ですね」
「ああ。これが最後の試練だな」
今までの十九回の戦闘では、キングやクラウンといった王を意味する言葉がつく魔物と戦闘だった。
しかし、最後の二十回目だけは、違う。
「最後の相手は、レジェンドオーガ」
「レジェンド……っ」
キングと名のつくものを越えた魔物に与えられるのが、レジェンドの称号。
ディアールの迷宮では、第六階層以降にレジェンドと名につく魔物が現れることから、物語の中ではここが冒険者として更なる高みへ行けるかどうかの登竜門として描かれている。
「準備はいいか?」
「はい!」
このときのために、奇跡はほとんど使うことなく温存してきた。
必要なときに、いつでも使う準備はできている。
「では、行くぞ」
フロアボスへと続く扉に手を掛け、前へ思い切り開いて中へ入る。
「あれが、レジェンドオーガ」
部屋の中央に一体の濃緑色の鬼が胡坐をかいて座っていた。
エメリーヌが抱いた最初の感想は、小さい。
普通のオーガと大きさが変わらず、ロットよりほんの数センチ高い程度だ。
しかし、それでもレジェンドと称される理由は嫌でもわかる。
密度が異常に高い隆々とした肉体。
禿頭から生えたらせん状に歪曲した黄色い角。
そして、鋭く光る黄色い三白眼。
オーガとは思えない、より高位の魔物。
魔王といわれても疑うことができない。
そんな雰囲気を放っていた。
「リーヌ。事前の打ち合わせ通り、君は自分の身を守ることに専念するんだ」
ロットの言葉に小さく頷く。
高位の魔物になればなるほど、知恵を使う。
特に、後衛職への警戒は強く、ロットより先にリーヌを狙う場合も十分にある。
そうなった場合、ロットの防御が間に合わない可能性が高い。
自分の身は自分で守る。
何度もエメリーヌはそれを自分に言い聞かせながら、錫杖を構えた。
「来るぞ」
ロットたちを視認したレジェンドオーガが、ゆっくりと立ち上がり、完全に立ち上がったと認識した瞬間、地を蹴った。
「――っ」
エメリーヌが気づいた時、レジェンドオーガが持っている斧がロットへ振り下ろされ、それをロットが剣で受け止めていた。
ロットは魔法で高位の身体強化を行っている。それでも、じりじりと押されている。
状況を見ていると、ロットと目があった。
「ロットさん……っ!」
大きく声を上げ、次の瞬間には錫杖を高く上げる。
「聖なる光……っ!」
奇跡を唱えた瞬間、錫杖の先端から眩い光が放たれエメリーヌに注意を取られていたレジェンドオーガが瞳を手で覆う。
「よくやった……っ」
当然エメリーヌとの連携を意識していたロットは瞳を閉じており、光を直視していないためすぐに動く。
レジェンドオーガの背後に回り、背に大きな一撃を放った。
一撃によって、膝をつき首に斬撃が届く距離になる。しかし――。
「エメリーヌ……っ!」
視力は戻っていない。にも関わず、レジェンドオーガは地面を蹴って、エメリーヌのへ向かった。
優れた嗅覚によって、エメリーヌの居場所に狙いを定めての攻撃。
レジェンド級の魔物の攻撃を受けたことはない。
ただ、それでもエメリーヌのすることは決まっていた。
「防御幕……っ!」
詠唱と共に、透明な幕がエメリーヌの前に現れ、それが一瞬にして四重に展開された。
使用できる回数すべてを使っての最大防御。ロットとの冒険の中で、幾度となく高位の魔物の攻撃を受け止めてきた。
最初に対峙したタイガーボアの攻撃も、今なら一枚で十分に抑えられる。
自信は、ある……っ!
レジェンドオーガが正面から防御幕へとぶつかった。
「――っ」
衝撃で、防御幕を支える錫杖が小さくない角度で曲がり、きしむ音を発する。
一枚の防御幕がひび割れ、砕け散る。
二枚目もほどなくして同様に散った。
ただ、二枚によって十分に威力は下がり三枚目で完全に動きを止めることに成功した。
(これで……っ!?)
もう一度、レジェンドオーガが地面を蹴った。
凄まじい衝撃で、三枚目が砕け散る。
あと一枚で、どうにかすることはできな――。
「リーヌ……っ!」
ロットの声が聞こえた瞬間、四枚目の防御幕にひびを入れていたレジェンドオーガの首が吹き飛んだ。
「あっ……」
首を切断されたレジェンドオーガが、紫色の粒子となって消えていく。
その光景から勝利を認識した途端、膝から力が抜け落ちた。
「リーヌ、大丈夫か!」
その場で座り込むエメリーヌに、らしくなく血相を変えたロットが駆け寄って来る。
「怪我は?」
「大丈夫です」
「そう、か……」
無事を知って顔色が戻すと、その場でロットも腰を下ろす。
「すみません。ご心配をおかけして」
「いや、俺の目算が甘かったと言わざるをえない。本当にすまなかった」
「謝らないでください。それより、ほら」
エメリーヌは、障壁がいなくなってはっきりと見えるようになった階段を指差す。
「行きましょう」
「――そうだな」
力が抜けているエメリーヌに肩を貸して、二人で回廊の最上階へと向かう。
最上階は、中心に空いた、帰還時に使う最下層へと繋がる半径百メートル大の穴と、第五階層へと繋がるポータル以外何もなかった。
二人で穴に落ちないように気を付けながら、ポータルの前まで移動する。
「ここに乗れば、ようやく」
「ああ」
互いに確かめ合うように、二人で視線を躱す。そして――。
「行こうか」
「はい――」
二人は約束の地へと繋がるポータルに、足を乗せた。




