第20話 ディアール迷宮
ディアール山脈中腹まで一日かけてたどり着き、そこでさらに一晩野営した後、エメリーヌとロットは迷宮の入り口に立った。
「準備はいいか?」
「はい」
ここから先は、エメリーヌのまったく知らない高難易度迷宮の世界。
怖くないといえば嘘になるが、それでも憧れの地へ踏み入れることへの高揚感の方が勝っていた。
「では、行くぞ」
二人で第一階層へと繋がるポータルへと足を乗せ、眩い薄青の光に全身が包まれ、一瞬まばたきした後に景色が一変する。
第一階層は、最初にロットと訪れたリンツオの迷宮を思わせる、森林が主体の階層。
以前、ロットともに戦ったタイガーボアとも数戦矛を交えながら、難なく突破した。
「ここからが本番だ」
ロットの言葉通り、ディアール迷宮の本領が発揮されるのは第二階層以降だった。
「ここが第二階層――湿地の海原」
「事前に話した通り、周囲の警戒より足場に注意だ」
第二階層は、雨上がりの薄明るい空が照らす平原。
ただし、エメリーヌが湿地と言ったように、地面は緩く、場所によって一瞬で動きを封じられてしまう。
そのうえ、大荒れの海を思わせるように歪曲した地面によって、遠くのほうはほとんど見渡せない。
慎重に足元を警戒しながら歩を進め、時折対峙する赤青黄色と多彩な色の大ガエルとの戦闘をこなす。
踏破するのに、約三時間の時間を要した。今までロットと共に探索をして、これほど攻略に時間を要した階層はない。
「休憩にしよう」
第三階層に到達した時点で、ポータル付近で休息を取る。
「大丈夫か、エメリーヌ」
「はい……」
目的の第五階層までちょうど半分を来たところだが、目に見えてエメリーヌには疲労の色が見えている。
今までなら、周囲への警戒や戦闘中の立ち回りといった精神的な疲労が大半だったが、複雑な地形による体力的な疲労も今回は並ではない。
「少しの間なら、眠っても構わないが」
「いいえ、大丈夫です。それより次の階層について、もう一度おさらいをしてもいいですか?」
「そうだな――」
第三階層は周囲を破壊不可能な絶壁で囲まれた迷路で、昔から使われている地図を使えば問題なく突破できる。
ただし、魔物に囲まれてしまえば退路がなく、周囲への警戒を一層強めなければならない点には注意が必要だ。
「最後に第四階層――らせんの回廊についてだが」
第四階層は少し特殊で、らせん状の塔を上っていき頂上にあるポータルを目指す。
ちなみに第三階層へ戻る際は、塔の頂上かららせんの中心へ飛び込むことでショートカットすることができる。
「塔は二十階層。各フロアで戦闘があるが、集中力を切らさないように」
「はい――」
各フロアの戦闘は、キングやクラウンといった王を連想させる名の付く魔物が大半で、終盤はレジェンドと伝説と名の付く魔物も出てくるという。
かつて一人ですべてを突破したロットであっても、エメリーヌに気を配りながらとなると楽な戦いではない。
いかにエメリーヌがロットの負担を減らすことができるのかが重要だった。
「リーヌ。やはり少し眠って――」
「――」
後のこと考えれば、ここでしっかり休んでおいたほうがいい。
そう言おうとしたところで、小さな吐息が聞こえてきた。
「それでいい」
場数をこなしてきたロットにとっては、ようやく迷宮といった感覚だが、エメリーヌにとってはそうではない。
強い魔物も、足場の悪い地形も、すべてが初めての連続なのだ。
思わず眠ってしまったエメリーヌを見ながら、かつての自分たちも同じだったなと思い出した。
あの頃は、一人どころか全員で眠ってしまい、本当に無警戒過ぎだった。
「と、昔のことは思い出さないようにしないとな」
今のロットにはエメリーヌがいる。それだけで十分だし、彼女のことを第一に思い続ければそれで十分だ。
「ロットさん……っ!?」
エメリーヌが目を覚ましたのは、約二時間後のことだった。
「すみません。私ったら」
「いや、むしろ俺としては助かった」
「……」
素直に休んでくれてよかったと、ロットの本音が一瞬で伝わり、頬が熱を帯びる。
「疲れは取れたか?」
もちろん、万全というわけではない。
ただ、それでもかなり回復したのは本当だった。
「はい!」
「そうか」
ロットがその場に立ち上がると、それに続いてエメリーヌも腰を上げる。
「行こうか」
「はい!」
約束の地まで、残り二階層。
二人の冒険が、再び始まった。




