第19話 ディアールの地
イーナに見送られることなく、エメリーヌとロットはディアールの迷宮があるセルカ領へ向けて出発した。
セルカ領はラビリア王国の最西端――ロットの故郷であるミリオン共和国の国境沿いに位置しており、馬車を乗り継いで十日近くかかる。
「リーヌはセルカ領は初めてだったな」
「はい。費用が割と捻出できなくて……」
荷台の上で、ロットの質問に少しだけエメリーヌは顔を赤くする。
国境沿いのセルカ領への移動は相応の費用を要するため、エメリーヌの財政的に厳しかった。
加えて、相手がいないのにわざわざ赴くというのも、それはそれで少し心持が良くないという理由もある。
どちらにせよ、エメリーヌにとって今回のディアールへの訪問が心躍るものであるという事実は変わらない。
「楽しみです」
「そうか」
それから各地で馬車を乗り継ぎ、ラルフ領を出発してから十日と半日が過ぎたところで、大きな岩山が連なる山脈が見えてきた。
「あれがディアール山脈だ」
「すごい……」
ディアール山脈――実質的にラビリア王国とミリオン共和国との国境の役割を果たす山脈で、これを越えて国を渡るには鍛えられた肉体と高度な魔法技術を要する。
現在は、長大なトンネルが一つだけ存在し、そこが実質的に国家間を移動できる唯一の手段となっている。
「確か、迷宮は山脈の中腹にあるんですよね?」
「そうだ。しかもロクに道が整備されていないから馬での移動は無理だ」
エメリーヌが憧れる伝説の冒険者一行の時代は、まだトンネルが整備されていない時代で、迷宮を発見したのも国境を超えるための登山中であった。
「歩いて上るだけで一日はかかる」
「……」
わかっていたことだが、いざ現実を突き付けられと思わず体に力が入る。
それからさらに半日移動したところで、 ようやく二人は山脈の麓にある街へとたどり着いた。
すっかり日は沈んで辺りは暗く、すぐに宿を探して部屋に入る。
「明日は朝一で山脈に上る。しっかり休むんだぞ」
「はい――」
ロットの言いつけ通り、寝台に入って瞳を閉じるエメリーヌ。
長旅の疲れですぐに眠りについたが、意外にも数時間で目が覚めてしまった。
自分は今、憧れのディアールにいる。
心の隅にあったその気持ちのせいだろう。
もう一度瞳を閉じても中々眠りにつけず、仕方なく外の空気を吸おうと起き上がる。
すると、ロットが寝ているはずの隣の寝台が、もぬけの殻となっていた。
「ロットさん……?」
少し不安になって周囲を見渡すと、バルコニーへと続く扉が僅かに空いていて、その隙間から心地よい冷たさの微風が吹いている。
バルコニーへ出ると、ロットが夜風を浴びながら外の静まり返った街並みを眺めていた。
「すまない、起こしてしまったか?」
リーヌの姿に気づいたロットの問いに、ゆっくり首を横に振る。
「あまり上手く寝付けなかったようで。ロットさんは?」
「俺も同じようなものだ」
「少し、ご一緒してもよろしいですか?」
「ああ」
ロット並ぶ形で、バルコニーの策の手すりに摑まる。
「そういえば、最後にロットさんがディアールに来たのは?」
「五年前だな」
五年前というと、すでにテオのパーティーを抜けてからかなりの年月が経っている。
「共和国へ戻るためですか?」
「違う。とてもしょうもない理由だ」
「……」
「気になるか?」
「ええ」
ロットがしょうもないと言うと、実際にはまったく違うといったことが想像できてしまって、思わず深堀してしまった。
「ちょうどのその年に、俺は白金級になったんだ」
パーティーを抜けて以降、理由もなくひたすらに武者修行をロットは行った。
その過程の中で、各国の英雄と呼ばれるような冒険者たちともパーティを組み、最高難易度のSSランクの迷宮にも挑戦したりもした。
そういった様々な経験を得て、ロットは最高等級へと昇級している。
「実力は十分についた自覚はあった。だから、一人でディアールを攻略することもできると思ったんだ」
「それで挑戦を?」
「ああ。一筋縄ではいかなかったが、最下層の三十階層まで到達した」
「……」
さらっととんでもないことを言われて、咄嗟に言葉がでない。
しばしば、こういった驚くような話を聞かされるが、いまだに慣れないものだから困る。
「そもそも、どうしてディアールを?」
「最初に挑戦したとき、第六階層以降は挑戦しなかった」
情けない話だが、自分はテオたちよりも先に行ったと、そんな実績を作りたかっただけに過ぎない。
いい大人が、恋敵に少しでも張り合おうとした結果だと、ロットは自虐的な笑みを浮かべながら語った。
「さっき俺も寝付けなかったと言ったが、ここに来るとやはり感傷的になってしまう自分がいる」
「それは、仕方がないですよ」
「怒ってるか?」
「いいえ」
「別にエリナのことは考えていない。ただ本当に懐かしいと感じていただけだ」
「……」
恥ずかしさを紛らわすように、エメリーヌは肘を使って軽くロットの横腹を小突く。
そんなエメリーヌに悪いわるいと微笑を浮かべなら、ロットは大きく伸びをした。
「そろそろ、俺は戻る。これ以上は身体に障りそうだ」
「では、私も戻ります」
「眠れそうか?」
「はい」
ロットと話しているうちに、逸っていた気持ちが落ち着いていた。
「では、おやすみ。リーヌ」
「はい。おやすみなさい」
それから夜が明けるまで、二人の眠りが途切れることはなかった。




