第18話 エメリーヌの我儘
湯に浸かり、部屋着に着替えてロットが部屋に戻っても、依然としてエメリーヌは正座を崩していなかった。
「待たせたな」
「いえ」
ロットがエメリーヌの横に腰を下ろしたところで、ようやく彼女は姿勢を崩した。
「それで、話しというのは?」
「――」
すぐに答えは返ってこない。内容がある程度わかっているだけに、ロットとしても先を急ぐつもりはない。
エメリーヌが口を開いたのは、一分ほど経過した後だった。
「話というのは、エリナさんのことです」
わかっていても、いざ口に出されるとロットとしても少しだけ背筋に力が入ってしまう。
「今でも、エリナさんのことが好きですか?」
十数年も一人でい続けたという事実を受けて、そう感じさせてしまったのかもしれない。そう思いながら、ロットは曖昧な笑みを浮かべる。
「どう、だろうな……」
今でも、エリナのこと思っているのか。
未練がまだ、残っているのか。
正直なところ、ロットにもわからない。
「リーヌと出会って前を向こうと、そう思えていることは確かだ」
エメリーヌと出会って、彼女の願いを知って、これは自分が変わることができる最後の機会かもしれないと思った。
ロットの答えに、エメリーヌは困ったような小さな笑みを浮かべている。
「ごめんなさい。ちょっと、聞き方が良くなかったです」
エメリーヌは、何か覚悟を決めたようにまっすぐロットの瞳を見つめながら、言った。
「ロットさんは、私のこと、どう思っていますか?」
どう思っていると、抽象的に聞いてはいるが、求めている答えは一つしかない。
ロットはエメリーヌのことを、愛しているのかどうか。
かつてエリナに向けていたものと、同じ感情を向けているのか。
「俺は――」
「私は、ロットさんをお慕いしています」
ロットが何かを口にしようとする前に、エメリーヌははっきりと言い切った。
※※※
ロットの過去を聞いてから、エメリーヌは思考を整理する中で、自分の醜い感情に気が付いてしまった。
(ロットさんの、一番になりたい)
最初はディアールに連れて行ってくれるというだけで十分だったし、長い年月をかけてお互いの気持ちを高め合えればいいと思っていた。
けれど、エリナという存在を知って、ロットの中で一生をかけても自分が彼女以上の存在になりえないかもしれない。
そんな思考がよぎった瞬間、我儘な自分の一面が顔を出してしまった。そして、見つけてしまえば、今のエメリーヌに無視することができなかった。
「私は、ロットさんをお慕いしています」
まだ会って一月も経っていない、それでもこれほどまでに独占しようと思ってしまっている自分がいる。
それを、慕っている――愛しているという感情以外で、エメリーヌには説明することはできない。
「私は、エリナさんの代わりですか?」
「リーヌ……」
「私の我儘だってわかってます。でも、やっぱりそれは少し、嫌なんです……」
言ってしまった。
こんな嫌な一面など知られないほうが良いに決まっているのに。
「リーヌ。少しいいか?」
「えっ……」
返事をする前に、エメリーヌはロットの腕に抱かれていた。
「まずは心配をかけて、すまない」
「ロットさん、その、離し――」
「さっきの問いの答えだが、よくわからないというが本心だ」
「……」
「ただ、はっきり言えるのは、今の俺は暇さえあればリーヌのことを考えているということだ。少なくとも、最近エリナのことを考えることはない」
「……っ」
「すまない。四十路手前の身としては、これくらいが限界らし――っ」
今度は逆に、エメリーヌがロットの身体を力強く抱きしめた。
「もう、十分です」
「――そうか」
ロットはきっと、得心がいっていないだろう。彼の基準はあくまで若い頃、エリナに向けていた熱情だから。
それが欲しくないと言えば、エメリーヌにとって嘘にはなるが、今のロットにそれは求めていない。
自分のことを第一に思ってくれている。片時も忘れることなく、ロットの中に自分という存在がちゃんといる。
そのことがわかっただけで、本当にエメリーヌにとっては十分だった。
「その、リーヌ。そろそろ離してもらってもいいか?」
「――っ、す、すみません」
まだ正式に結ばれたわけでもないのに、随分と長く力強い抱擁をしてしまった。
急いで距離を取ってロットを見ると、耳の方がほんのりと赤くなっていた。
(嬉しい……っ)
すぐに寝台に潜り込んで唸りたい!
このままでは、どうにも感情が高まっていく一方だ。
何か、話をしなければ思っていたところで、同じようにロットも思っていたのか、何度か咳ばらいをしてから先に話を始める。
「その、こんな時にする話ではないかもしれないがな、リーヌの実家の者から接触があった」
「えっ……」
本当にこんな時にする話ではない、一瞬で血の気が引いていく。
「それでその、使いの者は何と……」
「心配しなくていい。当主含め、素直にお前の幸せを願っているそうだ」
「そ、そうですか……」
「まだ浮かない様子だな」
「その、貴族の関係者と関係を持ちたくないという……」
「ああ、俺はそんなことは気にしない。リーヌが名家を勘当された身だとしてもな」
ようやくいつもの調子を取り戻したのか、落ち着いた笑みで平然とロットはエメリーヌの不安を一蹴してのけた。
不安が払しょくされ、先ほど以上に頬が熱くなる。
「ロットさん……っ!」
押さえつけられなくなった感情をぶつけるように、エメリーヌは再びロットへ抱き着いた。
そして、戻っていたロットの顔色が、再びほんのりと朱に染まるのだった。




