第17話 別れの一杯
ロットがAランクの迷宮へ戻ってきたのは、出立した翌日の夜だった。
部屋にはエメリーヌの他に、当然のようにイーナが寝台の上に腰かけていた。
「おかえりなさい。ロットさん」
「ただいま。リーヌ」
「おかえり、ロット」
「何だ、まだいたのか」
「ちょっと、酷くない~? ねえ、リーヌ」
「リーヌ、無理に相手をする必要は――」
ない、そう言いかけたところで、ロットは言葉を飲んだ。
「ロットさん。昔のパーティーメンバー何ですから、もう少し優しくしてもいいじゃないですか?」
「――っ、す、すまない……っ」
謝ると同時に、ロットはすぐにイーナの方を見た。何か余計なことを言ったからに違いないといった様相だ。
それに答えるというわけではないが、イーナは寝台から腰を上げると、ロットの前に薄い笑みを浮かべなら出る。
「何だ?」
「明日、出立だよね?」
「ああ」
「私も明日にはここを出るから、最後に二人で一杯どう?」
「あのな、俺にはリーヌが――」
「行ってきてください」
「えっ……リーヌ?」
思ってもみなかった答えが返って来て、咄嗟にロットが言葉を詰まらせる。
「次、いつ会えるかわからないんですから」
「さすがリーヌ!」
「だ、だが……」
リーヌの真っすぐな瞳は真剣さそのもので、ロットはすぐにこれ以上の抵抗を諦めた。
「わかった。ならさっさと行くぞ」
「うん。リーヌ、少しロット借りるね」
「はい」
エメリーヌに見送られる形で、ロットたちは宿を出る。
「店の希望は?」
「できればロットがリーヌと出会ったような店で」
「――わかった」
現在滞在しているルクアには何度か訪れたことがあるため、隠れ家的な店も何店舗か知っている。
とりあえず、真っ先に思いついた店を向かうと、幸いにも店の明かりはついていた。
二人で店内に入ると、エメリーヌと出会ったこじんまりとした雰囲気のバーカウンターが一つ目に入る。
加えて、飲んでいる客はまだ一人もいないため、客の人数としてもしっかりと再現されていた。
「とりあえず、私は葡萄酒」
「俺も同じものを一つ」
木製のジョッキに控えめに入れらた葡萄酒が、二人の前に置かれる。
「それで、どこまで話した?」
「え~、早速その話~?」
「なら、他に何があるんだ?」
「私が振られた後の話とか?」
「それはお前のか?」
「私はいいの。ロットのことを聞かせてよ」
「面白くないぞ?」
「いいよ。別に」
仕方ないと、ロットはテオたちのパーティーを抜けた後のことを語った。
といっても、ただひたすらに冒険者としての武者修行をして、気づいたときには白金級になっていたというだけの話なのだが。
「これで十分か?」
「そうだね。色々とわかったよ」
「色々?」
「うん。色々、やっぱり苦労してたんだなって」
「まあな。それはお前もだろ?」
「あれ、バレた?」
ついでと言わんばかりに、イーナもまたロットに別れを告げられた後のことを包み隠さず話してのけた。
「言っておくけど、別に私はリーヌとの関係に口出しする気はないから。むしろ、今はちゃんと応援してるし」
「今は?」
「それは聞かないの。それと、さっきの質問の答えだけど」
イーナが知っている限りのことはすべて話した。
「そうか……」
「私のこと、責めないの?」
「俺にそんな資格はない。それに」
「むしろ良かった?」
「――まあ、そうだな」
ロットもまた、できることなら自分の過去を知ってもらったうえで一緒にいると決めて欲しいという願望は少なからずあった。
「もし、リーヌに振られたら、私がもらってあげるからね?」
「冗談はよせ」
「ごめんごめん」
冗談とは言ったが、ロットの過去を知ったうえで、エメリーヌが今回の話をなかったことにして欲しいと言ってくる可能性はゼロではない。
仮にそうなったとしても、ロットは仕方がないことだと素直に受け入れるだろう。
「そろそろ出るか」
「――うん」
てっきり少しはごねるかと思ったが、意外にもイーナはあっさりと席を立つと勘定まで自分で済ませて外へ出た。
「二件目はどうする? さすがに俺が奢るぞ?」
「それは魅力的だね。でも、いいよ」
これ以上は、リーヌに悪い。
ぼそっと小さくイーナはそう言うと、まっすぐにロットの目を見て告げる。
「ねえ、ロット。リーヌのこと、幸せにしてあげてね」
エメリーヌにしたように、同じように相手の幸せをロットにも約束させる。
ロットもまた、エメリーヌと同じように声に出して頷くことはしなかった。
大丈夫かなと、少しだけイーナは微妙な笑みを浮かべる。
しかし、これも二人にとって必要なことだと余計なことは言わなかった。
「それじゃロット。私はこれで」
「ああ」
「また会えて嬉しかったよ」
「ありがとう。そう言ってくれて」
最後に小さな微笑をお互いに浮かべて、二人は互いに背を向けた。
そして、変に余韻を残したくないと、ロットは少し速足で宿に戻った。
「おかえりなさい。ロットさん」
「ただいま――どうしたんだ?」
部屋に戻ると、寝台の上でエメリーヌが正座をして待っていた。
「ロットさんにお話があります」
早速かと、ロットの酔いは一瞬で覚めるのだった。




