第16話 ロットの過去②
ロット、イーナ、そしてテオとエリナの四人は、年月をかけ確実に実力を上げていった。
「パーティーを結成して五年が経った頃、私たちは全員が銀等級の冒険者になったの」
銀等級――世界の冒険者の一割ほどで、四、五人集まればAランクの迷宮を探索できるようになれるといわれるランクである。
「全員が銀等級になってAランクの迷宮へ挑むことになったの。どこか、わかる?」
「――まさか、ディアール、ですか……?」
「ええ――」
きっかけは、テオだった。
「『エリナがずっと行きたがっていたから、行こう』ってね」
テオとエリナは、同じ孤児院出身だった。そこでエリナは、毎日のようにエメリーヌが憧れたものと同じ物語を読んでいた。
ディアールの花園へ連れて行くというのは、かねてからテオとエリナにとっての一つの目標だったのだ。
「私もずっと行ってみたかったし、すぐに了解した。だけど、ロットだけは乗り気じゃなかった」
「どうして、ですか……?」
「わからない……?」
イーナから向けられた諭すような微笑に、エメリーヌは恐るおそる口を開く。
「まさか、ロットさんはエリナさんを――」
「うん。私もそのときになるまで、まったく気づいてなかった」
本当に、ロットが見せた些細な変化だった。実際、イーナ以外の二人はこのときになって気づきすらしていなかったのだ。
「それでも、行かなければエリナが悲しむ。結局、結末をわかっていながらも、ロットはディアールへ向かわざるを得なかった」
「そんな……」
ディアールへ挑戦した四人は、順調とまではいえないまでも無事に花園がある第五階層まで到達した。
「第五階層はね、外と同じように昼と夜があって、それでいて魔物が一切でないの。だから、思い切って第五階層で一泊しようってなったの」
夜。鏡のように澄んだ大きな湖に、満月が照らし出されている中、湖の傍でテオはエリナに思いを告げた。
エリナの答えは、最初から決まっていた。
「ロットさんは……」
「その場は見ていない。私は陰から見てたけどね」
見ることなく、ロットはすべてをわかっていた。
だからこそ、あえて夜は無理やり意識を断ち切った。
「それから第六階層は思ったよりキツくてね。今の私たちじゃって、そこで断念したの……」
そして、ディアールを出たところでロットはパーティーを抜けると言った。
誰一人として、それを止めることはしなかった。
「さて、そろそろ戻ろうか」
「――はい」
話が終わったところでイーナは立ち上がると、それにエメリーヌは力なく答え、迷宮探索を再開する。
「リーヌ、集中力が切れてるよ」
「すみません」
「(まあ、無理もないか……)」
きっと、自分がエメリーヌの立場であっても、同じようになったはずだ。
我ながら、中々に意地の悪いことをしてしまったなと、イーナは思う。
(仕方ないか……)
本当は伝えるつもりはなかったが、せめてイーナ自身もそれ相応のダメージを受けることにしようと決意する。
「リーヌ、さっきの話だけどさ。少しだけ続きがあるんだ」
「続き……ですか?」
「そう。すごいしょうもない続き。良かったら、そっちも聞いてくれない?」
迷宮を出たら帰り道に話すと言うと、不思議とエメリーヌの集中力が少しだけ回復した。
もしかしたら、話の続きの中で何か光明でも見つけ出せるのではと考えているのかもしれない。
だったら、本当に申し訳ない。言ったとおり、最後の続きは本当にしょうもないものなのだから。
「お疲れ様。じゃあ、約束通り――」
探索を終え、ゆっくり街へ向かって歩く中、リーヌは今日一番のしんみりとした調子で語り出した。
ロットがパーティーを抜けると宣言した次の日の早朝。
『ロット、もう行くの?』
テオとエリナが同室で眠る中、一人部屋で旅支度を終えたロットに、イーナは声をかけた。
『ああ。なるべく早く、ここを離れたい』
『そう……』
宿を出るまで、イーナはロットの背中についていった。
そして、宿の外へ出て、いよいよ本当の別れというとき、イーナは自然と口にしていた。
『ねえ、ロット。私じゃダメ、かな?』
イーナを冒険者の世界へ連れ出したのはロットで、冒険者を続ける中でイーナは確かな充実感を覚えていた。
ロットがいなければ、決して手に入ることなかったそれは、本当にかけがえのないもので、だからこそ、イーナはロットのことを強く思っていた。
『すまない。イーナ』
ロットの答えはたったの一言だった――。
「あのとき『私もついて行く』って言ったらどうなってたかって、今でも考えることがある」
そうすれば、自分の思いは成就したのだろうか。
どうして、気持ちが先走ってしまったのだろうか。
意味のない問いが、イーナの中には未だに残っていた。
「でも、最近その答えがようやくわかったの」
ロットがパーティーを抜けた後、一年もしない内にテオとエリナの間に子供ができ、パーティーは自然と解散になった。
それからイーナもまた、銀等級という一名誉を持って実家に戻り、相応の相手と結んだが、すぐに関係を断ち切る結果になった。
「離婚して家を出てから、十年近く。私もロットのことを探したの。それでようやく見つかったのがつい最近」
エメリーヌの口からロットの名前が出たとき、いてもたってもいられなかった。
使用を強く咎められている催眠魔法を使ったのも、その部分が大きい。
「ずっと探していたロットの隣には、リーヌ、あなたがいた」
それが、イーナの長年の問いに対する答え――ロットの隣にいるのは、イーナではないという答えだった。
「というわけで、私としては是が非でもリーヌにロットの過去について知っておいて欲しかったんだよ」
「イーナ、さん……」
「そんな悲しそうな顔しないでよ。私はちゃんと納得してるんだから。それより――」
約束して欲しい。
「ロットのこと、ちゃんと幸せにしてあげてね」
イーナの言葉に、エメリーヌは黙って頷くことしかできなかった。




