第15話 ロットの過去①
ミリオン共和国――ラビリア王国の東側に位置する国であり、その国の一商家の次男としてロットは生を受けた。
貴族制のない共和国において商家の身分は比較的高く、家を継がない次男であっても高い教育を受けることができる。
例に漏れず、ロットもまた高い教育を受け、気づいた時には首都の憲兵になっていた。ロットが成人後すぐのことである。
「本人曰く、物足りない日々だったんだって――」
毎日、決まった時間に門を見張り、街を徘徊する。
書類仕事も基本的に定型で、大きなトラブルも特に起こらない。
それでいて、給料も悪くなく、生活に困らない。
たぶん、数年もすれば縁談が自然とやって来る。
――それでいいのだろうか?
きっと、それでいい。実際、同僚たちはそうして幸せそうにして暮らしている。
ただ、心の片隅では依然としてその事実を受け入れられない自分がいて、月日が経つにつれてその思いを大きくなっていた。
憲兵になって三年が経った、19歳の頃だった。
『お前、俺たちと一緒に冒険者やらないか?』
いつも通り、門の前で槍を構えて警備をしていたロットに、一人の青年が声をかけてきた。
赤みがかった黒髪の、どこか幼さが残る顔立ちの男で、年齢はロットより二つか三つ下、成人したばかりといったところ。
腰には、お世辞にも立派とはいえない鉄の錆びかけた剣を備えていた。
『ちょっと、テオ。お兄さん、困ってるじゃない』
テオと呼ばれた男をロットが訝しげに見ていると、彼の後ろからこちらもお世辞には立派といえない薄汚れた神官服を着た女が顔を出した。
金髪に近い茶色の長い髪に、青空色の大きな瞳の、土の汚れが似合わないような美しい女だった。
『だって、こいつ。いつも暇そうだし……それに絶対すごい冒険者になるって!』
『ひ、暇そうって……っ!』
テオの失礼な物言いに、美女はしどろもどろになりながら、ロットをおびえたように見上げた。
『あの、うちのテオが本当にごめんなさい!』
『何で謝るんだよ、エリナ!』
それから二人はロットを置いて、ひたすら口論していた。
「そのとき、楽しそうだなって思ったんだって」
冒険者は、おせじにも世間から高い評価を得ているわけではない。今のロットレベルにまで行けば話は別だが、鉄級や銅級といった大半の冒険者は下に見られている。
そんな冒険者のテオたちが、自分よりも楽しそうにしていることが、素直にロットには羨ましく感じられた。
『冒険者、そんなに楽しいか?』
ロットの素朴な質問に、テオが笑顔で答えた。
『ああ、すげえ楽しい!』
テオの言葉に、嘘偽りがないことをロットはすぐに悟った。
「それから次の日には憲兵を辞めたんだって」
「早過ぎる……っ!」
「ふふ、だよね! それですぐ、テオとエリナのパーティの入ったの」
行動が早いことは、エメリーヌも知っていたが、まさか憲兵として築き上げてきたキャリアを一瞬にして捨てるほどとは思わなかった。
加えて、憲兵を辞めて冒険者になる決断をしたことで、実家からもほぼ勘当扱いになってしまったというのだから、自分と似た境遇だと思わず感じてしまった。
「ちなみに、イーナさんはいつ?」
「私もその後すぐだよ」
――あとは魔法師がいれば完璧だな。
テオのこの言葉を聞いて、すぐにロットは思い当たる節として、イーナの下へ訪れた。
「当時、私は役所の事務員でね。ロットとは顔見知りだったの」
ロット同様、イーナもまたそれなりに恵まれた環境で育ち、何一つ不自由のない生活を送っていた。
従来、剣術と魔法は、高等教育の一環で学ぶことが主流であり、イーナは魔法を専攻して学んでいたため、それなりの腕は当時からあった。
「イーナさんも、ロットさんと同じように――」
「うん。正直、退屈してた」
いつもと変わりばえのない毎日。不自由がないとはいえ、どこから物足りなさを感じていた。
「もしかして、イーナさんも次の日には――」
「ないない。私はけっこう、時間かかったかな」
最初は、ロットの提案を跳ねのけた。そんな馬鹿な真似、できるわけがない。
それからイーナは、たびたび街でロットが年下の二人と一緒にいるところを見かけるようになった。
大抵は、ロットがテオに剣術が雑だと文句を言って、それにテオが抗議するといった形のもので。
途中でイーナが見ていることに気づいては、三人でイーナの下へ来て勧誘するというがいつもの流れだった。
「それから少しして、ロットたちが数日戻ってこなかったときがあったの」
少し街から離れたランクが少し高い迷宮へ探索に行っていたのだ。
「私、すごく不安になっちゃって」
最後にロットたちと話したのも、イーナへの勧誘だった。
それが、ロットたちと最後の会話になるかもしれないと思うと、本当に不安でいっぱいだった。
「ロットたちは、ちゃんと戻ってきた。けっこうな傷だらけでね」
それでも、ロットたちは本当に充実した笑みを浮かべていた。
「今まで私がしていた不安は何だったんだって、馬鹿らしくなった」
それでイーナも思い切って仕事を辞めて、彼らのパーティに加わった。無論、実家からは反対されたし、ロット同様ほぼ勘当状態になってしまったが……。
「まあ、そういわけで。私たちのパーティーができたというわけさ」
「少しだけ、羨ましいです」
「えっ、何で?」
「私は一人で家を出たので」
「あ~、そうだったっけ。でもまあ、全部が全部、いいわけじゃないんだよ?」
少しだけ、イーナの声の調子が下がった。
ここからが話の本題だと、エメリーヌは悟った。




