第2話 夢は叶うようです
「まったく、元気なお嬢さんだ」
目覚めて早々、防御幕で距離を取ったエメリーヌに、男は微笑を浮かべながらロットと名乗った。
「それでロットさん。どうして私をこんなところに?」
とりあえず食事にしようと、部屋に運ばれてきた久しぶりの上質な肉料理を口に運びながら、エメリーヌは尋ねる。
「あのまま君を放っておくわけにはいかないだろ?」
意識が途絶えた後のことを聞くと、たちまちエメリーヌは頬を赤くした。
どうやらあのまま、酒場で爆睡をかましてしまったらしい。
「す、すみません……私ったら」
「いや、俺としてもちょうど良いと思ったからな」
おぼろげだが、似たようなニュアンスのことを言っていたような。
気になるので、尋ねてみる。
「あの、それはどういう意味ですか?」
「それを話す前に、君に尋ねたいことがある」
「な、何でしょうか……?」
身構えるエメリーヌに、ロットは小さく咳払いをしてから口を開く。
「酒場で『ディアールに連れて行って欲しい』と何度も言っていたが、あれはどういう意味だ?」
「わ、私、そんなに言ってましたか?」
「喉から手が出そうなほどに渇望していたな」
自分の痴態について尋ねられ、さらに頬の温度が上がる。
夢見がちなことであるし、会ってまだ少しの人に言えるような内容ではない。
ただ、ここまでしてもらって答えないわけにもいかなかった。
「その……笑いませんか?」
「ああ。大体の内容は察しがついている」
「では、その……伝説の冒険者の話のですね」
「知っている。女性なら誰しも一度は夢を見るものだからな。聞きたいのは、どういう形で君がそれを叶えたいかだ」
「あっ、えっと……」
エメリーヌは、包み隠さず自分の望みをすべて語った。
「なるほど。ディアールに連れて行ってくれた者から求婚され、そのままその者と結ばれたいと」
「は、はい……」
「ちなみにそれは、俺のような中年冒険者でも構わないか? ちなみに来年で四十になるのだが」
「は、はい……?」
息をするようにされた問いに、思考が追い付かない。
「あ、あの……」
「やはり、俺のような者ではダメか?」
「いえ、そういうわけではなくて……」
何とか言葉を絞り出すように、エメリーヌは答える。
「本当に、連れて行ってもらえるのですか?」
エメリーヌに期待させるようなことを言ってきた輩は、今まで何人もいた。
それは彼女の美しさのあまり引き出されてしまった虚言であり、彼女はそれに何度となく傷つけられてきた。
そのため、そもそも連れて行ってくれる人がいるという現実自体が、受け入れられない。
「――なるほど、まずはそこからか」
ロットは納得したようにうなずくと、白金でできた冒険者証をエメリーヌの前に出す。
「こ、これは……っ」
「見ての通りだ」
冒険者には、その功績に応じて等級が設けられており、白金は最上位の等級だった。
そしてその割合は、世界の冒険者全体の一割にも遠く及ばない。
「Sランクの迷宮の探索経験も当然ある。ディアールはAランクだからな。君を一人護衛しながらでも、目的の場所にはたどり着けるだろう」
「――」
約十年間、色々な街を渡り歩いてくる中で、幾度も無理だと言われてきたことを、ロットは淡々と口にした。
エメリーヌは、完全に言葉を失った。
確かに、初対面のときの身なりからして、上位の冒険者だとは思っていた。それでも、これほどの傑物とは思いもしなかった。
「――っ、おい、どうした……っ」
「い、いえ。これは……」
自然と、エメリーヌの青い瞳から涙が零れていた。
「その……本当に、信じてもいいんですよね?」
「さっきからそう言っているつもりだが……付け加えるなら、今なお君が奇跡を使えているというのがその証拠だろう」
「――確かに、そうですね」
この人なら、本当に信用できる。
心の中にあった不安が、ようやく掻き消えた。
「それで、私の問いへの答えはどうだ?」
高難易度の迷宮攻略ではなく、年齢に差があることに問題があると感じているところが、非常におかしく思える。
目元に涙を浮かべたまま、クスっとエメリーヌは笑う。
「笑っていないで、答えてくれないか?」
「もちろん、大丈夫です!」
歳の差が開いての結婚など、決して不思議な話ではない。
それに、行き遅れているという自覚があるエメリーヌからすれば、相手の年齢で選り好みするなどあり得ない(無論、老齢とみなされる年齢なら考えざるをえないが)。
「というか、ロットさんの方こそ、私みたいな年増でいいんですか?」
恐るおそる尋ねると、ロットはふっと軽く息を吐く。
「質問の答えにもなるが、俺としてもそろそろ伴侶を見つけなければと思っていたのだ」
「それで、ちょうど良いと?」
「君のような美人なら誰も文句は言うまい。それに、年増というなら俺はどうなる?」
優しい笑みを浮かべるロットに、頬が熱くなる。歳をとっていても、無精ひげがあっても、元が良いので普通に心臓の鼓動が早くなる。
「それより、まだ君の名前を聞いていなかったな」
疑問を遮るようにされたロットの指摘に、はっとしてエメリーヌは姿勢を正す。
「失礼しました。エメリーヌと申します。リーヌと呼んでももらえればと思います」
「そうか。ではリーヌ、早速ディアールへ向かうための準備を始めようか」
「はい! ロットさん!」
落ち着いてながら、力強さと安心感のあるロットの言葉に、エメリーヌは突然舞い降りた幸せを、かみしめるように頷いた。




