第13話 エメリーヌの過去
ロットから話をするよう促されたエリーは、近くにあった木に背中を預けてからゆっくり口を開いた。
「それでは、エメリーヌ様の生い立ちからお話ししましょうか」
エメリーヌは、ラビリア王国で侯爵の爵位を持つラルドア家の長女として生を受けた。
端麗な容姿に、有力家の教育にも応えられる才もあったことから、周囲がエメリーヌに向ける期待は大きかった。
「事件が起こったのは、エメリーヌ様が15歳となり成人されたときでした」
エメリーヌは周囲の期待に応え続け、その結果として、王族との婚約話まで持ち上がるほどの令嬢となっていた。
「ご当主様が王族とのご婚約の話をお伝えした際、エメリーヌ様はすぐにお断りして欲しいと仰りました」
王族との婚約は、貴族令嬢なら誰しもが憧れて然るべきもの。
そして、当主をはじめ周囲もまた強くそうなることを望んでいた。
「エメリーヌ様がお断りした理由については」
「ディアールへの憧れか?」
「いかにも」
「それで、どうなった?」
結果として、今日までディアールへの憧れを胸にエメリーヌは冒険者として生きている。
ただそうなるまでには、当然ロットでは想像のできないようないざこざがあったのには間違いない。
「ご当主様をはじめ、周囲は大反対をしました」
「だろうな」
「しかし、エメリーヌ様の意思は変わりませんでした」
自ら婚約の話が持ち上がっていた王族へ婚約の断りをして、それが原因で当主である父親からエメリーヌは勘当を告げられた。
侯爵家としてみれば、王族との関係を深める機会を失っただけでなく、権威まで失墜しかねない事態である。
エメリーヌがラルドア家から除籍されたというのは、至極当然のことだった。
「以上が、エメリーヌ・ラルドア様の生い立ちです」
「そうか」
「驚かないのですね」
「ラルドア家の名前が出てきたときから、大方予想はしていた」
「流石です」
「それで、ここからが本題だろう?」
「はい」
勘当されたということは、エメリーヌがラルドア家の人間ではなくなったということに等しい。
であるのにもかかわらず、こうしてラルドア家の人間がこれからエメリーヌと結ばれようとしているロットに接触してきたのはなぜか。
そこがまさしく、この会話の趣旨にあたる部分となる。
「かわいい娘には冒険をさせろ――そのつもりだったらしいです」
「は……?」
今まで冷静に語っていたエリーの声色が、ほんの僅かだが羞恥の色を含んだものへと変わった。
「一年もすればすぐにでも諦めて戻って来ると、ご当主様はお考えになっていたそうです」
「……」
「まだ、おわかりになりませんか?」
これ以上、語らせないで欲しい。
そんな調子のエリーに、仕方なくロットは頭の中で情報を整理し、導き出した結論を口にした。
「エメリーヌは勘当されていないということか?」
「近からずも遠からずといった感じです」
「もういい、早く結論を言え」
「……」
何か覚悟を決める必要があったのか、少しだけ沈黙した後、エリーは小さなため息をついてから答えた。
「王族との婚約話を無下にしたのですから、対外的には勘当です。実際、エメリーヌ様がラルドアを名乗ることは許されません」
「それで?」
「ご当主様にとっては、エメリーヌ様は可愛い娘ということです」
「……なるほどな」
ずっと引っ掛かっていた部分があった。
エメリーヌがどうして、十年間も冒険者を続けてこられたのか。
冒険者界隈は、おせじにも治安が良いとはいえない。
エメリーヌの美貌なら、余計な色恋沙汰で望まぬ形で貞操を失う可能性も低くはなかった。
つまり、エメリーヌはずっと守られていた。
目の前にいるエリーのような、ラルドア家の暗部に。
「君たちもご苦労なことだな」
「ご理解いただけたようで何よりです」
「それで、それを知って俺に何をしろと?」
「エメリーヌ様を幸せにして欲しいと」
「当主が?」
「はい。あなたなら申し分ないと」
「流石だな。俺のこともよく調べているようだ」
「当然です」
気づけば、エリーの声の調子も最初のように落ち着いたものへと戻っていた。どうやら、山場は乗り切ったようだ。
「話は終わりか?」
「はい。必要があれば資金援助の話もありますが、それは必要ありませんよね?」
「そうだな」
「それでは、私はこの辺りで」
「待て。最後に二つ聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「この話はエメリーヌにしてもいいのか?」
「それはロットにお任せします。二点目は?」
「どうして、この話を俺にした」
冒険者の中には、貴族と極力関係を持ちたくないという者もいる。
万が一、ロットがその種の人間である可能性を考えれば、何も言わないという方がエメリーヌの幸せを願うなら良かったはずだ。
ロットの問いに、エリーは顔にかかった薄い黒のヴェールを取って、小さく笑みを見せた。
「決まっています。エメリーヌ様のことをちゃんと知ったうえで、幸せにして欲しいと願っているからです」
「――そうか」
エメリーヌの幸せを願っている。
純粋な願いであるがための行動だと知って、自然とロットの頬も緩んだ。
「では、今度こそ」
「ああ」
ロットが頷くと、エリーは森の中へと消えていった。
「さて――」
思いもよらない接触があったが、今日の目的は最初から変わっていない。
ロットは迷宮のポータルがある洞窟内へと足を向ける。
その足取りは、普段よりも少しだけ力強いものだった。




