9.逃避
夜の道を莉愛が駆ける。
マンションを出た時には降っていなかった雨がしとしとと降り始める。
雨は小雨から少しずつ強くなり始めた。
「っ……!!」
莉愛の長い髪が雨で頬に纏わりつき、それに苛立った莉愛が小さく声を出す。
あの狂った状況から抜け出す方法を考えている時、莉愛はふと感じたことがあった。
それは、なぜ莉愛が髪を切ろうとして智己が断った理由についてだ。しかし、狂った生活を過ごしていくにつれて、髪に関して一つだけ思い至ったところがある。
『ほのか』はきっと長い髪だったのだろう……というのが莉愛の答えだった。
そうだとすれば、智己が髪を切ることを拒否した理由も、狂った日々の中で愛おしそうに髪を愛でていたのも納得がいく。
智己が髪を切るのを嫌がったのは、「ほのか」に少しでも似せるためだったのだと……。
雨が次第に強くなっていく。
雨で髪が顔に張り付いて気持ち悪い感覚が抜けない。
そんな時だった。
「あ…………」
莉愛が道の端に置かれているゴミ箱を見つける。
そのゴミ箱には瓶が溢れ返っていた。
莉愛はそのゴミ箱から瓶を一つ手に取り、地面に叩きつけて破片を作った。
そして、その破片を髪に当てた。
――――ザシュッ…………!!!
その破片で長くなった髪を切っていく。
――――ザシュッ……ザシュッ……ザシュッ……!!!
何度もその破片を髪に当てて長くなった髪を切っていく。
「ふぅ…………」
髪がボブくらいになったところで破片をゴミ箱に戻し、息を吐くと再び道を歩きだした。
雨はどんどん強くなっていく。
まるで莉愛の心を写すかのように……。
激しく……。
激しく……。
雨が降り続く……。
「………あ………」
莉愛が駅に着いて電車の乗り込む。
夜の遅い時間だったせいか、乗客は殆ど乗っていなかった。しかし、莉愛の姿を見た乗客は莉愛を訝しげにチラチラと見ている。
(無理もないよね……)
莉愛が心でそう呟く。
ヒラヒラのお姫様のような恰好で髪は乱雑。そして、雨が降っているのに傘を差していない。
(これからどうしよう……)
電車の出入り口付近に立ち、外を流れている景色を見ながら莉愛がポツリと心で呟く。
(逃げ出すことばかり考えて、その後の事を考えてなかったな……)
莉愛が心の中でそう呟く。
電車は夜の街を駆けていく……。
迷える子羊を乗せて……。
狼の元に戻らせないように……。




