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TOKYO DEEP  作者: @is-osio
RECORDED_DEATH.214
7/11

6

壁面で、金属フックがワイヤーを滑り落ちる。

摩擦による軋みと回転音が反響し、火花がわずかにその軌道を照らしていた。


ワイヤーの振動が安定するたび、重力任せの滑降は速度を増す。


「ちゃ、着地、気をつけてくださいね!」


先行して降下したランカの声が、下方から届いた。


「気をつけてるって……ぐうっ!」


思うようには反応できず、着地に少し失敗。

膝を軽く打った。


ブレーキスライドの挙動は良好だったが、接地の衝撃吸収を見誤った。


「痛い…...」


膝を撫でながら顔を上げると、そこは崩れた都市の残骸。傾いた床と、割れたタイルの隙間から配管が覗く、元居住層のような空間が広がる。


頭上には、断面を見せたコンクリートの切れ目。その隙間から、地上の光が僅かに差し込んでいた。


ここがCOREコアの初層。

沈んだ都市の最も浅くて、比較的危険が少ないとされる領域。


「だいじょうぶ……ですか?」


隣に立つ彼女はこちらを見つめる。

その肩には変わらず、例の大きなリュック。

表情に緊張は見られない。


「も、問題ない……」

「ワイヤーはそのままで。帰るとき使うので。こっちです。初期キャンプ、すぐ近くにあります」


瓦礫の山を踏破し、彼女は迷いなく先導する。


崩落した壁の隙間を抜けると、遮蔽された小規模な空間が現れる。


天井には破損した太陽光パネル。

補助電源に接続された蓄電灯が断続的に点滅していた。簡易的ではあるが、拠点とみなせる機能が残っていた。


「探索のまえに、準備します」

「準備?」


彼女はリュックを床に下ろす。

音が床に響き、質量の大きさを物語っていた。


「……なに入ってんのそれ」

「えっと、ですね」


彼女は手早くリュックを展開し、中身を取り出していく。


出てきたのは、折り畳み式の簡易シェルター、三脚スタンド、くるまれた防護シート、ポータブル電源、各種工具類さらに──

レンガ状の栄養ブロック、ライスパック、スープ缶、レーションゼリー、スナック、ビタミングミ——


「いや、多いっ……泊まるのか!?」


「えっ、えーと……わ、私、ちょっと夜にお腹すくタイプで……その……」


彼女はしおらしく笑いながら、エナジーバーの束を胸に抱える。


「明日の朝までには帰る予定ですけど、念のため。こっちは非常食と非常非常食、おやつを少しだけ。甘いのとしょっぱいの。あとはお水とお茶、コーヒー……」


「非常非常食……」


その見た目からは想像もできない、圧倒的な物量だった。


「あ、防護フィルム、貼ってください!」


彼女が続けて取り出したのは、掌サイズの楕円形デバイス。表面にある小さなスリットから、フィルム状の素材がわずかに覗いている。


「貼る?」

「あっ、すみません……あの、服、ちょっとだけ、めくってもらえますか」


「……こう?」

「は、はい、胸の中心あたり。心臓の上。そこが一番安定するので」


躊躇いながらシャツの裾をまくると、彼女はそっと膝をついて手を伸ばした。


「ちょっと、冷たいですよ……失礼します」


彼女の指先が、ほんの一瞬だけ肌に触れる。

そのまま、楕円のデバイスを胸骨の上にぴたりと貼りつける。


「これで……起動します。はい、ここを──」


そのまま上部を押下すると、青白く発光する。次の瞬間、音を立ててフィルムが展開した。


薄く光沢のある膜が身体に沿って滑る。

首筋、肩、脇腹、背中——全方位に一瞬で拡がり、ぴたりと上半身に密着した。


「うわっ、すげぇ……」

「サイズも自動調整です。通常の衝撃ならある程度吸収してくれるので安心です。あとは……」


彼女が取り出したのは、小型のキャリーケース。丁寧に梱包されていたその中から、ヘッドセットを取り出した。


「頭の防護と、ここから先は裸眼だとキツいですから」

「たしかに、暗いな…..」


「予備ですけど、動作は確認してます。頭のサイズ、大丈夫かな……」


フレームは金属と樹脂の複合素材。

側頭部から後頭部へと回り込むアームが、やや無骨な印象を与える。


「少し……下げますね、失礼します」


差し出されたヘッドセットを、素直に受け取る前に、彼女がすでに手を伸ばしていた。


両手を構え、ゆっくりと装着させてくれる。

耳にかかる部分が柔らかく沈み、後頭部のロックがカチリと鳴った。


「起動しますね。ちょっと眩しいかもしれません」

「うぉ……っ」


カツン、と起動音。


数秒のラグの後、網膜上にUIが順次描画される。視界は拡張された視覚情報の層に置き換えられていった。


《AkatsukiOS——SYSTEM BOOTING》


網膜上に光学ラインが走り、複数のUIタブが展開、整理されていく。


「なんかいっぱい出てるぞ」


「初めはしばらくかかります。私も……着けますね」


そう言って取り出したヘッドセットは、手渡された無骨なデザインのものとは少し違っていた。


輪郭は細く、コンパクト。

マットな白基調に、淡いグレーの差し色。なんとなく、洗練されていたデザインにも見えた。


「なんかそっちのが良さそう……」

「い、一応、両方とも推奨機材です。安い方ですが、こっちはメイン機なので。好きなスキンも重ねて、奮発しました」


彼女は手慣れた様子で、前髪をかき上げると、ヘッドセットを耳元から滑り込ませるように装着した。スッと輪郭がなじみ、頭部の形に沿って自然にフィットする。


彼女が装着を終えると、システム起動のインジケーターが視界の右上で点滅した。


《STREAM - LOCAL》


[STREAMER: Unknown | CLASS: —]

[DEVICE: LICENSED /

CONNECTED: “AkatsukiOS Ver 3.5”]


「なんか終わったっぽい」

「問題なさそうですか……?」


彼女が視界を覗き込むように覗いてくる。

ヘッドセット越しに、その目と視線が合った。


すると、HUD上の透過インターフェースが自動的に切り替わる。


《STREAM CONNECTED》


赤外線タグが彼女の輪郭をなぞり、数フレームのラグののち、データが表示された。


[STREAMER: RANKA | CLASS: —]

[DEVICE: LICENSED / AkatsukiOS Ver 5.2x]

[STREAM: LOCAL]


「……ランカ」

「は、はい、ランカです。すいません、名乗ってなかったですね」


彼女——ランカは、どこか照れてるように、笑って軽く頷いた。


「あなたは……」


彼女の視線が胸元あたりを見つめる。

AR表示されたストリーマー名が、そちらにも映っているはずだった。


「unknown、になってます」

「まだ設定されてないんじゃねえの」


「じゃあ……名前、決めてください。せっかくなので」


「……ユウでいいよ。YUU。短いし、覚えやすいし」

「で、では……よろしくお願いしますユウさん」


「よろしく」


静かな光が、彼女の瞳の中で一瞬跳ねる。


その直後、HUDが自動更新され表示が切り替わった。


[STREAMER: YUU | CLASS: ——]


インジケーターが一段階明るくなり、二人の間に静かな起動音が響く。


それは探索の開始を意味していた。


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