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コンクリート製の梯子を、しばらく垂直に降下する。
やがて足が地面を捉えると、そこは狭く、じめついた排水通路。
「暗い……」
配管が這う天井に、金属製の支持梁。
壁面に沿って取り付けられた簡易灯が、断続的な点滅を伴いながら細い通路を照らしている。
「この先です。すみません、また少し歩きます」
少女の声が響く。
足音と不規則な水滴音だけが、やけに明瞭に空間を満たしていた。
「おい……なんで、こんなとこに?」
「え……?」
つい漏れた疑問に、彼女は振り返りもせず、少しだけ歩速を緩めた。
「いや、危ないし、怖くねぇ?」
静かな水路の中で、声はやけに大きく響く。
しばらく間を置いてから、彼女は答えた。
「私、昔からダンジョンの配信が好きだったんです」
「配信?」
「毎晩、見てました。すごく、怖くて、でもかっこよくて。本当に別の世界みたいで」
足を止めることなく、そのまま彼女は言葉を続けた。
「でも、正規の探索ライセンスって高くて。装備も、推奨機材じゃないと、申請すら通らないんです」
「だから、ここから……」
「はい。バイトもしてたんですけど、なぜか全然お金貯まらなくて。あと普通の仕事、うまくいかないんです。怒られるばかりで」
彼女の声は小さいが、どこか真っ直ぐだった。
「ここで遺物とか拾って売って。探索と配信の練習にもして……」
「練習?」
「は、はい。目指してるんです……ちゃんと、正規のダンジョン配信者を」
控えめに言った彼女は、リュックを背負いなおす。
その中に詰まっているのは、おそらくその全部なのだろう。必要だったもの、手に入らなかったもの、諦めきれなかったもの。
「誰かに観てもらえるかもって……」
背を向けたまま語るその背中が、さっきより少しだけ、強く見える。
そう思った瞬間、足元に違和感が走った。
風だ。
それまで淀んでいた空気が、唐突に流れ出す。
湿った風が、背中を押すように水路の奥から吹き抜けてきた。
彼女もそのまま歩みを進める。
「もうすぐ、です」
やがて進もうとした足が、思わず止まった。
足元、通路の先が、まるごと崩落していた。
天井も壁もまるでちぎり取られたように裂けている。
その断面から、むき出しになった光景が、目の前に広がっている。
「……ここが」
見下ろせば、そこには層を成す廃都。
構造物が、無数の亀裂と階層に歪んで、闇へと溶け込んでいる。
どこまで続くのかわからない断層の底。
断ち切られた都市の神経と血管。
その果てに広がる未知。
「そうです。これが、ダンジョンです」
彼女がぽつりと呟いた。
その言葉はどこか、夢見るような響きを帯びる。
「すごいですよね……あっ、あそこ!毎晩、公式の配信もあのあたりから始まるんです」
「いやっ、そんなことより……ここから降りんの!?」
「はい!」
その返答と共に、少女はリュックの側面からワイヤーガジェットを引き出す。折りたたみ式の金属製リールに安全帯のバックルが付属している。
「マジか……」
額の冷汗をぬぐいながら、視線を断層の底へと向けた。
未知の空間がそこに口を開けている。
「降りましょう。ダンジョンへ」
そう言った彼女の、名前も知らないその背中。
思わず無言で立ち尽くす。
この先に何があるのか。
それを知るには、もう降りるしかなかった。




