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TOKYO DEEP  作者: @is-osio
RECORDED_DEATH.214
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3

部屋に戻ると、空調は以前と変わらぬリズムで稼働を続けていた。AIナビゲーション“ニエル(Niel)”の投影が壁面に再表示される。


幾何学形状のアイコンが、点滅サイクルを保ったまま待機状態へと戻る。


『体温の上昇を検知。空調を調整します』

『未処理タスクが残っています。推奨される午後の選択肢が残り3件です』


「……再生リスト、昨日の続きから」


案内を無視してソファに崩れ落ちるように座る。


モニターに写し出されたタイトルは『真夜中の捜査線・2099』。刑事が過去の未解決事件をARで再構築する、というやや古めの連続もの。


顔に火傷痕のある刑事が、部下の胸ぐらを掴み『馬鹿野郎!ハッキングは挨拶から始めろ!』と叱咤するシーンから始まった。


「なんの話だこれ」


独り言のように呟きながら、袋からハンバーガーとポテトを取り出す。すでに冷えて硬くなりかけたバンズにかぶりつきながら、画面の光に目を細めた。


──数時間が過ぎた。


外光がオレンジ色に変わり、照度センサーが連動して室内の色温度も変化していく。


ドラマの4話目が、ちょうどエンディングに差しかかったところだった。犯人の自供を聞いた刑事が『その涙、AIにも読めなかったぜっ……!』と決め台詞を吐き、そのままエンドロールが流れる。


次のエピソードに入る前、画面がフリーズした瞬間に、それは表示された。


『お知らせ:本日十七時以降の作業登録が可能です』

『推奨候補:旧中野区側 警備補助員/

 日給: 10,120円/集合:17:50』


ニエルのアイコンが、壁の左端に浮かぶ。

投影光はやや明度を増していた。


『17時31分以降の便では現地到着が困難です。最寄り乗車駅からのルート案内を表示しましょうか?』


「わかったよ、行くよ……」


『作業登録が完了しました。推奨出発時刻まで、あと十五分です』

「ばか、すぐじゃねぇーか」


重い腰を上げ、支度を始める。

水分補給ボトルとタオル、モバイルデバイスを鞄に放り込んだ。手馴れた流れではあるが、気はまったく乗っていない。


──ドン。


背後、壁の向こう側から微かな衝撃音。

思わず手が止まる。


続けて、重い物が引きずられるような音。


いつもの、あの部屋の音だ。


「んだぁ、またか?」


と、ため息混じりに天井を仰ぐ。


(出るのか……会いたくねぇ、タイミングずらすか)


そう思いながらも──


『出発推奨まで──残り4分です』

「うああ……ギリすぎる……!」


手早く準備を済ませて、バッグを背負い、デバイスをポケットに滑り込ませる。


そのまま玄関のドアに手をかけると、ほぼ同時に隣のドアも開いた。


「うおっ……!」

「っわ、あっ」


出て左側、不意に飛び出してきたのは、背の低い小柄な、おそらく女の子だった。


だが最初に目を引いたのは、その背負っているリュックだ。明らかに体格に合っていない。


本人の小柄な身体にはあまりに大きすぎだ。


「あっ、ご、ごめんなさ──」


こちらに気づき、振り返ろうとした彼女がバランスを崩す。そのまま二、三歩、後方によろめいたかと思うと──


「ちょ、バカっ!」


背中から着地するように倒れ込んできた。金属フレームが胸部に食い込むように押し付けられ、全体重が上から乗ってくる。


「きゃぁ!」

「っぐ……おい……!」


声が漏れる。見た目からした想像より、ずっと重かった。正確には、彼女の背負っている荷物が重いのだ。


女物にしては無骨すぎるリュックは、内部になにが詰まっているのか想像もつかない。


フレームが肋骨の上できしんだ。


「ぐっ、重っ……痛い痛い!」

「す、すみません!すぐどきますっ!」


懸命に身じろぐが、重量の大半が背後の荷物に集中しており、起き上がるには手順が足りなかった。

支点を失ったままの彼女の身体が、さらに沈み込んでくる。


「おいっ、食い込んでる!」

「す、すみません……その、いま動け、ないっぽいです……!」


背中に重心が完全に乗ってしまい、腹筋だけで起き上がれない状態らしい。


「いや……リュック!」

「は、はいっ?」

「一旦降ろせ!」


「あっ、はいっ!」


バックルを外す動作。

わずかに手が震えていた。

カチリというクリック音の後、リュックが床に沈むように落ちる。


ようやく、彼女は両手で体を起こし、距離を取った。


「すみません……ほんと……!すみま——」


そのとき、ポケットに入れていたデバイスが震えた。外出モードに変わったニエルが無機質な声でアナウンスを告げる。


《出発予定時間を大幅に超過しました。推奨時刻までの乗車は困難です。当作業登録はキャンセルされます》


「あっ……」


端末の画面には“キャンセル処理完了”の文字が浮かんでいた。


その横で、おろおろと立ち上がりきれずにいた彼女は、乱れた髪を直しながら、気まずそうにこちらを見上げてくる。


「あ、あの、お怪我とか?」

「いや、ねぇけど」


「その、いま、お仕事が……」


ほっと一息ついた彼女の視線が、床に落ちた端末へと向けられる。


「まぁ、うん」

「うう、ごめんなさい……!その……私のせいですよね?」


「いや、いい。どうせ気乗りしてなかったし」


彼女はむしろ深刻そうに眉をひそめた。


「あ、あの私、払います。その分、立て替えます」

「あぁ?」


「わ、私のせいなので。おいくらでしょう…..」


慌ててそう言いながら、ポケットをごそごそと探っている。


それを見て、つい口を引きつらせた。


「いや、いらねぇよ。なにもしてないのに」

「でもっ……」


水掛け論になるが、言葉を重ねた彼女の目は、思った以上に真剣だった。軽く手を上げて制止しようとしたが、思いのほか引き下がる様子はない。


「だ、だったら……」


彼女は一度、思い詰めたように深く息を吸い込んだ。少し呼吸を整えてから、まっすぐこちらを見上げる。


「じゃあ……私が貴方を雇います。今日の仕事をお願いします…?」


「あぁん…..?」


「その、お金の代わりに、今日の仕事をお願いしたいです……それで、どうですか?」


彼女の厚い前髪の隙間から、初めて視線が合う。くすんだ茶色い色の瞳だった。

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