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鉄製の扉を開けて、住宅敷地の外へ出る。
昼前の、じんわりと肌にまとわりつく熱気。
気温は高いのに、どこか空気が湿っていた。
人工調整された気象制御エリア特有の空気。
頭上を仰げば、雲間に大きなディスプレイ型のサイネージ。浮遊式のパネルが、騒がしくも注意を引く色で断続的に点滅していた。
《CORE_MEDIA_SYSTEM:常時監視中》
《メビウスは安全な暮らしをお守りします
Mobius Technologies》
《本日も二十時からLIVE:TOKYO DEEP/
新規エントリー数:12》
「ほぼ帰ってこないらしいのに、よくやんなぁ」
サイネージの下、軌道安定化された配達ドローンが次々と上空を走り抜ける。配送経路はこのエリアを網羅しており、ここ、三鷹市吉祥寺第五ブロックは“居住可能区域”に分類されていた。
建物の多くは旧型だが、外壁には再生素材のカバーが貼られ、見た目だけは新しく保たれている。
機能と見た目だけを取り繕った、形だけ維持された張りぼての建築群に見えた。
(この感じ、慣れねぇ)
商業アーケード街の跡地を抜けて、角のハンバーガーショップへと足を向ける。
入り口はセンサーフィールド式。
境界を通るだけで、外気から隔離された冷気が一気に肌を撫でた。
雑談する人々の声、軽いジャズのBGM。
入店と同時に無人インターフェースが展開される。
『セットをご希望の方は、右側のメニューをご確認ください』
『期間限定:スパイシーバーガー
“DEEP TYPE”──スリルと同時に、燃える辛さ』
「なんでもかんでも寄せるなよ」
ぼやきながら、定番のチーズバーガーセットと炭酸飲料のシンプルな注文を選ぶ。注文は一瞬で終わり、無人調理機が機械的な速度で動き出す。
隣のブースでは、制服姿の学生らしき男達がホログラムパネルを操作していた。
映っていたのは、誰だったか有名配信者と思われる若い女性。映像構成はアンバランスで、背景か当人か、どちらを見せたいのか不明瞭だ。
「マジ可愛くね!?推しだわー!」
「やめとけよ、どうせ死んじゃうぜ?」
耳に入る声を聞きながら、反応することもなく商品を受け取り、店を後にする。
紙袋を片手に、カップのストローを噛みながら、慣れた歩道を戻る。
エリアは依然として低稼働帯だった。
──キュイィ。
不意に聞こえたかすかな電子音に、足が止まる。
視界の先、目の前を小型のドローンが三機、走っていくのが見えた。
全高は二十センチほど。
球体に足がついたような、玩具じみた外見。
表面には擦り傷や日焼け跡もある。
「小型レスキュードローン……?」
型番までは判別できなかったが、少なくとも最新の市販モデルではない。量産期の後期、自治体支援モデルの流通末期に近い個体だ。
ドローンたちは、等間隔で跳ねるように通りを駆けていく。
「イソゲイソゲ」
「マニアウタスケル」
「サンニンヨレバモンジュノチエ」
そのチープな合成音声に、思わず苦笑する。
「ヒマだし、ちょっと見てくか」
使われなくなった側路に折れ、興味本位で彼らの後を追う。この道は近隣住民でもほとんど使わないが、構造は把握していた。
数分ほど進むと、雑居ビルの裏路地に行き着く。
その半分潰れかけた排気塔の横、奥の破れた金網フェンスに、小さな機体が一機、引っかかっていた。
「ウワァー」
残る三機はその周囲を回遊し、指向性のない動作命令を繰り返している。
「ヌケナイヌケナイ」
「ツヨイチカラヒツヨウ」
「イソカバマワレ」
「なんだ、救助待ちか?」
袋を足元に置き、しゃがみ込む。
フェンスの隙間に引っかかっている一機を軽く小突き、押し込んだ。
「おらっ」
「ウワァー」
軽い抵抗を感じた後、スポッと音を立てるように抜けた。
「よし。ほら、お前らも行け」
そのまま、残りの三機も片手で金網の向こうへ投げる。それぞれ軽く跳ねて、ぴたりと着地した。
「アリガトアリガト」
「シンセツカクニン」
「ナサケハヒトノタメナラズ」
「うるせぇ、あとは知らねーぞ」
言い捨てると四機は、再び跳ねるようにして小路を抜けていった。その姿が見えなくなるまで見送る。
「マジでなんだったんだ……?」
誰に言うでもなく呟き、紙袋を拾い上げる。
振り返った小路は、最初から無人だったかのように静まり返っていた。




