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瓦礫を踏み越えるたび、足元から伝わる感触が変わる。
最初は硬さや傾きに過敏だった足取りも、身体がそれを計算に入れて動くようになっていた。
《LIVE AREA - #NAKANO_3F》
[STREAMER: YUU | CLASS: —]
[TEMP: 26.2°C / HUMIDITY: 41%]
[GEOSCANNER STATUS: ACTIVE]
[PARTNER: RANKA | SYNC: ACTIVE]
HUD上では、地形スキャンと環境モニターが常時更新されており、微弱な揺れや気圧変動さえ検出する。
その安定した可視情報の数々は、現実の質感を薄めてしまう。不安を鈍らせる代償として、同時に警戒心も弛ませていた。
「おっ、これ拡大もできんのか」
インジケータを試すように指先でスライドすると、投影されたタブが、視界の隅で静かに並列処理される。
「慣れてきました……?」
背後からランカの声が届いた。
ヘッドセット越しに伝わる音質はくぐもっておらず、むしろ現実の声よりもクリアだった。
彼女は片手にエナジーバーを持ちながら、常に一定の距離を離れずに保っている。
「まぁ、噂ほど危なくないみたいだな。襲ってくる奴も、さっきの一体だけだし」
「浅層ですから。安全とは言えませんが、比較的には。じゃないとさすがに連れてきませんよ」
彼女は二本目のエナジーバーを取り出し、パッケージを素早く破いた。
「基本は中枢や一部の地域が危険みたいで、規則性があるらしいです。なにか目的があるような……」
「目的」
「うーん、防衛とか、人の排除とか……
この辺は何もないんでしょうね。だから少ないのかも」
そう言いながら、彼女は崩れかけたシャッターの脇へ身を屈め、その隙間を覗く。
中には、冷蔵ユニットの筐体らしきものがあったが、腐食により原形をとどめていない。
「確かに……あんまり拾える物、残ってないな」
「はい。こっちは風化が進んでて、もうほとんど」
「もう少し西なら……」
彼女の声がわずかに低くなる。
語尾の調子に、躊躇いが混じっていた。
「西?」
「市場エリアがあるんです。前に一度だけ見に行って…...すぐ引き返したんですけど、作業ドロイドの残骸がたくさんあったような…….」
ランカは言い淀み、視線を床に落とした。どう説明すべきか考えているようだった。
「前は一人だったので……」
おそらく行きたがっている。だが、それが安全とは限らないという自覚もある。
やめておこう、と警告するには十分な材料もある。
「危ねぇの?」
「ちょっと奥に進むので……」
問いかけに、ランカは少し困ったように笑う。
「行ってみるか」
どこか他人事のように声が出た。
この場所、ダンジョンには知覚できない妙な引力がある。
なぜか好奇心と興味が、恐怖を上回る。
それに引かれているとしか言いようがない。
「えっ……」
「ダメ?」
ランカは、数秒だけ思考停止したような顔でこちらを見た。驚きと戸惑い、そして確かな喜びの混じった表情。
「気になるし、せっかくだからな」
「はいっ!少し遠回りですけど、安全なルートが……記録してありますから!」
言い終えると同時に、視界のHUD上に新たな通知が表示される。
[NAVIGATION SYNCED:
PARTNER DEVICE - RANKA]
(ナビゲーション同期:同行者端末 ランカ)
[MARKER DEPLOYED /
ROUTE CALCULATION ACTIVE]
(マーカー展開 / ルート計算中)
彼女の刺す座標が先行タグとして同期され、しばらくして、移動補助用のナビゲーションラインが薄く地面を走った。
薄暗い通路の先、ナビラインは崩れたアーチの下に伸びている。網膜越しの情報表示が、次第に現実と重なっていく。
旧中央物流市場跡──
その名称が、静かに視界の端で点滅を始めた。




