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視界上のナビラインは、ゆるやかな傾斜を描いて、崩れかけた地面を滑っていく。
ランカのマークしたタグ情報と同期して、ライン軌道がリアルタイムで補正されていた。
指示に従って進むと、やがて、通路の先に開けた区画が見えてきた。
奥行きのある吹き抜け構造。
その階層下に張り出すようにして、巨大な屋内構造が出現した。
金属フレームの構造体を繋ぐアーチ。
その中心に設置された広場のような開口部。
かつて、大量の貨物を処理していた中央市場の中核エリア。
その死骸が、今も崩れずに残っていた。
[ZONE : WEST BLOCK /
LOGISTICS MARKET CORE]
(西区画 / 物流市場中核部)
[STRUCTURE TYPE: SEMI-INTEGRATED / B1-LAYERED FORMATION]
(構造種別:半統合型 / 地下1層構成)
「すげぇ……意外にちゃんと残ってるな」
「中央市場だったので、対災害補強がされてたみたいです。でも、気になるのは中身ですね」
施設構造は思ったより整っていた。
だが、それだけで安心材料にはならない。
ナビラインが段差を認証し、下層へのアクセスルートがマッピングされる。
階段はなく、もともと貨物用だったスロープが、そのまま通路として使われている。
搬入ゲートへ近づくと、物陰から管理用インフォメーションボードが半分だけ姿をのぞかせていた。
ひと昔前のログイン端末。
画面端に軽く触れると、遅延を伴いながら微弱な点灯が返ってきた。
[ACCESS TERMINAL DETECTED]
(接続端末を検出)
[USER AUTH: EXPIRED]
[MAINTENANCE MODE /
OFFLINE FRAGMENT ACTIVE]
(ユーザー認証:有効期限切れ)
(保守モード:オフラインで起動中)
「ん……通電してる?」
「崩壊前の給電設備が、運よく残ってるんだと思います。冷蔵エリアや搬送ラインは、災害とかに備えて、独立電源が組まれていたので」
ランカは周囲の配線や天井のレールを見上げながら、説明する。
「ダンジョン内は、結構そういう場所あります」
「なんか不気味……」
「そうですか?明かりもつきますし、私は好きです。中、探索してみますか?」
「そうか、たしかに」
「なるべく、離れないでくださいね」
彼女の言葉に頷き、ふたたび足を踏み出す。
警戒態勢は維持したまま、市場ブロック内部へと足を踏み入れた。
「第一倉庫エリア……搬入ベイと、冷蔵ストックが並んでた区画みたいです」
ランカが、HUDの補助表示を確認しながら、予想するように呟く。施設内部は、外観から想像した以上に深く、複雑だった。
ナビラインは荷降ろし用スロープを越え、奥へ奥へと続いている。通路を挟んで左手には冷蔵ユニットの群、右手にはラック式の自動積み下ろし装置が、崩れかけた状態で横たわる。
「ここ、搬送ラインの直下ですね。地上からの荷物がここに運ばれて、一括処理されてたみたいです」
ランカが指差す先には、昇降リフトのシャフト跡。壁面には搬入フックが連なっていた。
「ここがメインで動いてたみたいだな」
その下には──旧型アンドロイドたちの残骸。
配送作業用の多関節型ボディ。
おそらく、かつてここで働いていた個体たち。
糸が切られたように倒れている個体、静止姿勢のまま動かなくなった個体。
すべてが、整然と停止していた。
その中で、最も近くに居たアンドロイドに視線を落とす。
「スリープモードのままダウンしたのか。管理用接続も切れて、外部電源も失うともう自分で再起動できない」
しゃがみこみ、胸部パネルに触れる。
カバーは工具なしでも開く設計で、内部にはブレード式の処理基板と、動力系統の回路が並んでいた。
「売れそうな部品ありますか?」
「でかい基盤は抜けねぇかも。溶着してない部品単位なら……ほらっ」
カチリ──と小さな音がして、制御チップがひとつ抜け落ちた。そのままランカに軽く手を伸ばして差し出す。
「は、はいっ」
ランカは一瞬、迷うような仕草を見せたが、すぐに両手を差し出して受け取った。
再び同じ手順を繰り返す。
流用できそうな、外せるチップやセンサーモジュールを一つずつ取り出していく。ランカはそれを受け取り、腰のパックに順序よく収めていった。
取り出して、渡して、彼女が受け取る。
小さな作業音だけが、空間に断続的に響いていた。
しばらくして——
不意にキュィ、と短い電子音が響いた。
ランカが顔を上げ、すぐに動きを止める。
「なんか音したぞ」
「わかりません、反応は……」
彼女は腰のスタンバトンへ手を伸ばす。
視線の先、崩れたラックの隙間からひとつの影がゆっくり現れた。
「……あら、生きてる子がいたんですね」
「ドロイドかよ」
ランカの声が、少しだけ柔らかくなる。
そのアンドロイドは、こちらを視認したような素振りも見せず、ただゆっくりと頭部を回転させていた。
「防衛プロトコルが残ってたら、侵入者だと思われるぞ」
「侵入者?」
「しつこいし、アラートがうるさくて嫌いだ」
ランカは声を落とす。
「それに、仲間を分解してるところを見られたらかわいそうですね」
回収した部品は十分に揃っている。
抜き出した最後のチップを彼女に渡し、立ち上がった。
「結構取れたしな……戻るか」
「そうですね」
ランカは静かに頷き、ふたりは静かに踵を返す。背後で、動かないアンドロイドたちの視線が、何も語らずに彼らを見送っていた。
搬入スロープを戻り、市場の外へと出る。
濁った外気が、ぬるく喉を撫でた。
瓦礫の山を乗り越え、やがて舗装の崩れた道路に出る。上層からの微光が、薄い靄を透かして断続的に揺れていた。
「疲れた。けっこう歩いた気がする」
「でも、いっぱい集まりましたよね」
「そうだな……相場によるけど、三、四万超えるんじゃね?」
「わっ、そんなに!?」
ランカの声が弾む。
「いつもの倍以上です!今日のお仕事代、余裕で出ますよ!」
「あー、そういえば、そんな話だったな」
そんなやりとりの最中、視界に、重なるようにインジケーターが表示される。
《SIGNAL IDENTIFIED》
(信号検知)
《AFFILIATION: CORE MEDIA SYSTEM》
(所属:コアメディアシステム)
「なにこれ?」
視界左上のミニマップに、機影マーカーがひとつ表示され、低速旋回する無人機体が、音もなく上空を漂っていた。
「あぁ、CMS監視ドローンですね。メビウス社製の観測ユニットです」
「監視ドローン」
「大丈夫、だと思います。こっちはローカルで、接続系統は遮断してますし。でも、なんでこんなところに……」
彼女の声が僅かに曇った。
ドローンは一定の軌道で空中を回っている。
視線の先、旋回しながら、廃ビルの上をなぞるように通過していった。
「……曲がった」
廃ビルの角を抜けたその瞬間、ドローンのマーカーが消失した。
直後に、HUDにノイズのような歪み。
数フレーム遅れて、HUD全体に赤い帯が走った。
警告音が跳ね上がる。
《ENTITY DETECTED》
(エネミー反応:検出)
「うおっ……!?」
隣で、ランカが息を飲む。
「な、に……あれ……?」
ビルの角、ドローンが消えた、その先から巨大な影が現れる。
「でっけえ……蟹?」
その巨体は、演目の開幕に合わせて舞台袖から登場するかのように、一定の速度で直立移動を続ける。
[RECOMMENDED ACTION:
ESCAPE IMMEDIATELY]
(推奨行動:即時離脱)
そして、登場のタイミングを測っていたかのように、こちらに向き直った。
[ENTITY DETECTED:
GUILLOTINE_CRAB / ENEMY CLASS: A]
(個体識別:ギロチンクラブ/危険度:A)
刃が、持ち上がる。
見せつけるように、なにかを告げるように。




