表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/22

第九章「仮説と検証」

発注は、未来を読む仕事だ。


 明日、何が、いくつ売れるか。それを読んで、注文する。読みを「仮説」という。翌日の売れ行きが、「検証」になる。気温、天気、近所の行事、テレビで紹介された品。あらゆる材料から、明日の需要を先に読む。当たれば、棚は、ちょうど、はける。外せば、廃棄ロスか、チャンスロスになって、数字に、跳ね返る。


 私は何年も、その綱を渡ってきた。だから、人の心の、明日の天気も、少しは、読める。


 その日の企画は、「無人島での、一泊、共同生活」だった。


 参加者たちは、船で、近くの小さな島へ運ばれた。テントを張り、火を起こし、限られた食料で、一晩を過ごす。仲を深める企画。──けれど、私には、別のものが、見えていた。


 朝、船に乗る前、私は空を見ていた。


 西の空の、雲の色。風の、向き。湿った、匂い。──夕方から、崩れる。それも、かなり、荒れる。夜勤で、何百回と、翌日の天気を読んできた勘が、そう告げていた。番組のスタッフは、たぶん天気予報を見て、決行を決めた。けれど、予報の「夕方から雨」と現場の「夕方から荒れる」は、違う。


 私はこっそり、自分のリュックに、いくつかのものを詰めた。使い捨ての、雨がっぱ。携帯用の、カイロ。それから、みんなのぶんの、あたたかい飲み物の、粉末。念のための、仮説だ。外れれば、ただの重い荷物。当たれば──。


 夕方、私の仮説は、検証された。


 空が、みるみる、黒くなった。風が、うなりを上げ、テントの布が、ばたばたと、暴れた。そして、叩きつけるような、雨。参加者たちは、パニックになった。テントは、一つ、風に、飛ばされた。火は、消えた。濡れた体が、震えはじめた。カメラのスタッフも、機材を守るのに、必死で、参加者まで、手が回らない。


「相沢さん、どうしよう、寒い……!」


 あざとい桃瀬まりんが、あざとさも忘れて、私にしがみついた。


 私は動いていた。


 こういうとき、私の頭は、妙に、静かになる。夜勤の、いちばんの修羅場を思い出す。終電後の、酔った客の行列。レジと、ホットスナックと、公共料金の支払いが、いっぺんに来る、あの時間。パニックになったら、負けだ。頭を冷たく。手を速く。優先順位を一瞬で、つける。──いまいちばん危ないのは、誰か。いちばん必要なものは、何か。


 雨粒が、頬を叩く。冷たい。風の音で、声が、かき消される。それでも、私の目は、一人ずつを追っていた。震えの、いちばん激しい者。唇の、色を失った者。パニックで、動けない者。単品管理だ。全体ではなく、粒を見る。


 私はリュックから、雨がっぱを次々と配った。カイロを開けて、みんなの、手に、握らせた。振ると、じんわり、熱を持つ、あの小さな袋。冷えた手のひらが、それを握りしめる。


「タイガさん、あそこの岩陰! 風が、来ない! みんなをそこへ!」


「おう!」


 体育会系のタイガが、大きな声で、みんなを誘導する。私は飛ばされずに残ったテントの下で、携帯コンロを借り、湯を沸かした。あたたかい飲み物の、粉末を溶かす。湯気の立つカップを震える一人ひとりの手に、握らせていく。


「はい、温かいの。ゆっくり飲んで」


「相沢さん、なんで、こんなの、持ってたの……」


「明日の天気を読むのが、仕事なんです」


 私は微笑んだ。まさに、単品管理と、発注の、応用だった。誰が、どこで、何を必要とするか。それを"事が起きる前"に、読んで、先回りで、置いておく。──これは、私が毎晩、やっていることだった。中華まんを寒くなる前に、増やす。氷を暑くなる前に、仕込む。需要は、いつも来てから対応するのでは、遅い。来る前に、読むものだ。


 雨は、一時間ほどで、峠を越えた。


 岩陰に身を寄せ、あたたかい飲み物を両手で包んだ参加者たちの顔は、恐怖から、安堵へ、そして、私への、驚きと、信頼へと、変わっていた。


「相沢さん、いなかったら、やばかったな」


 タイガが、しみじみと、言った。


「マジで。あんた、ただのコンビニの人じゃ、ないだろ」


「ただのコンビニの人ですよ」


 私は答えた。それは、謙遜ではなかった。ほんとうにそうなのだ。私がやったことは、全部、ただのコンビニの、仕事だった。このまぶしい場所でも、私の職能は、こんなにも、役に立つ。それが、私には、少しだけ、誇らしかった。


 ただのコンビニの人。──その言葉を私はこれまで、卑下する意味で、使ってきた。しょせん、私なんか、ただのコンビニの店員。奥の段。当て馬。けれど、この夜、初めて、私はその言葉を別の響きで、聞いた。ただのコンビニの人だからこそ、できたこと。何万人もの客を見てきたからこそ、読めた明日。誰も、見向きもしなかった職能が、いざというとき、みんなをあたためた。


 私は自分の手のひらを見た。かじかんで、赤くなった手。この手が、今日、七人ぶんの、震えを止めた。──店の外でも、私の仕事は、意味を持った。その事実が、雨に濡れた体の、いちばん奥を静かにあたためていた。


 冬川悠が、岩陰の、いちばん端で、あたたかい飲み物を飲んでいた。彼は私と、目が合うと、静かにうなずいた。「あんた、すごいな」とその目が、言っていた。誰にも、聞こえないくらいの声で、彼はこう、付け足した。


「……あんたみたいな人が、いる店なら。夜中に、通いたくなるな」


 その一言に、私の記憶が、また、ざわりと、動いた。夜中に、通いたくなる。──この人は、なぜ、そんな言い方をするんだろう。まるで通う側では、ない、みたいに。届ける側の、言い方だった。


 その夜、島から戻ると、香山さんが私を呼んだ。


 スタッフルーム。モニターには、私が雨の中で、みんなにあたたかいものを配る映像が、映っていた。編集された、ドラマチックな、BGM付きで。


「よく、撮れてる」


 香山さんは腕を組んで、モニターを見ていた。


「あなた、視聴者に、"刺さって"る。地味な庶民が、いざというとき、いちばん頼りになる。──いい物語よ。数字が、動いてる」


「……ありがとうございます」


「そこで、相談なんだけど」


 香山さんが私のほうを振り返った。その目には、あの体温のない、やわらかさが、あった。


「あなたをもっと上の棚へ、上げてあげる。今季の、"シンデレラ"に、してあげる。──ただし、こっちの、"筋書き"に、乗ってくれるなら、ね」


 筋書き。──その言葉が、静かに私の胸に、刺さった。


「台本は、ない、って」


 私は言った。


「面接のとき、香山さんはそう、言いました」


「台本は、ないわよ」


 香山さんは笑った。


「台本は、ね。あるのは、"編集"。あなたたちの素をどう並べて、どう見せるか。それを決めるだけ。──前出しと、同じでしょう。棚に並んだ品の、どの面をこっちへ向けるか。中身は、変えない。見せ方を変えるだけ」


 うまい、と思った。私の職能の言葉で、私を丸めこもうとしている。フェイスアップ。前出し。中身は変えない、見せ方を変えるだけ。──けれど、人間の見せ方を勝手に決めることは、缶詰の向きを直すのとは、違う。そのことをこの人は、わざと混ぜていた。


 私は店の明かりを思い出していた。あの消えかけている、明かりを。田久保さんの肉まん。ノノのコーンスープ。あの明かりを消さないために、私はここへ来た。上の棚に、上がれるなら。賞金に、近づけるなら。──断る、という選択肢は、私の中に、なかった。


 この人は、私に何をさせるつもりなんだろう。上の棚には、上の棚の、値札が、いる。そして、その値札は、いつも私の知らないところで、決められていた。


 スタッフルームを出るとき、香山さんが背中越しに、言った。


「詳しい話は、次のセレモニーの、あとで。──楽しみにしてて。あなた、きっと喜ぶわよ」


 喜ぶ。──その言葉が、なぜか冷えた雨のようにうなじを伝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ