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コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


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第十章「先入れ先出し」

先入れ先出し。英語では、ファースト・イン・ファースト・アウト、という。


 先に入れた品を先に出す。食品を扱う店の鉄則だ。新しい商品が入荷したら、棚に残っている古い品をいったん取り出す。新しいものを奥へ。古いものを前へ。そうやって、期限の近いものから、順に、客の手へ、渡していく。これを怠ると、奥に、古い品が、たまる。気づけば、期限切れの山になっている。


 人の心も、同じかもしれない、と私は思うことがある。古い痛みを奥に、しまいこんだまま、新しい出会いを前に並べても、いつか奥から、腐りはじめる。先に入れた古い痛みを先に、出さないかぎり。


 その日の企画は、二人一組での、料理対決だった。


 組み合わせは、また、投票で、決まった。──今度は、事情が、違った。「シンデレラ」への引き上げが、始まっていた。番組の"筋書き"に沿って、私は王子様系の一ノ瀬岳と、組まされる、はずだった。けれど、集計の直前、番組が、少しだけ、演出を変えた。「意外な組み合わせも、見たい」。そう言って、スタッフが、私と、冬川悠を組ませた。


 あとで思えば、それも、香山さんの"筋書き"の、一部だった。地味な庶民と、無愛想な悪役。数字が、動く、絵だった。けれど、そのときの私はただ、冬川と、同じ台所に立てることが、少しだけ、うれしかった。


 狭い、屋外の、簡易キッチン。私たちは、二人で、食材を前にした。


「何、作る」


 冬川がぶっきらぼうに、言った。


「あるもので、いちばんあたたかいものを」


 私は答えた。冷蔵ボックスの中を覗く。米、卵、鶏肉、ねぎ。──決まりだ。私は迷わず、動きはじめた。


 冬川は意外にも、手際が、よかった。私が鶏肉を煮ているあいだに、彼は黙ってねぎを刻んでいた。とん、とん、とん。包丁の、リズムが、正確だった。等間隔。まるで深夜のトラックが、決められた時刻に、店へ着くみたいに。狂いが、ない。時間に、追われて生きてきた者の、体に、しみついた正確さだった。まるで機械のように狂いがない。それでいて、二人のあいだに、ぎこちなさは、なかった。まるで何年も、同じ厨房で、働いてきた二人みたいに。


 鶏肉を煮る、だしの匂いが、立ちのぼる。しょうゆと、みりんと、甘い、玉ねぎの匂い。夜勤の休憩室で、廃棄の弁当を温めたときの、あの匂いと、どこか似ていた。冬川はその匂いを鼻から、深く、吸い込んだ。


「……いい匂いだ」


 彼がぽつりと言った。


「こういう匂いをいつも外から、見てた気が、する」


「外から?」


「いや」


 彼はまた、言葉を飲み込んだ。私はそれ以上、聞かなかった。ただ、彼の横顔を見ていた。無愛想な、疲れた顔。けれど、だしの匂いを嗅ぐその瞬間だけ、彼は少年のような、無防備な顔をしていた。この人は、あたたかいものをいつも外から、見ていた人だ。手の届かない、ガラスの、向こう側から。──私はなぜかそう、確信していた。


「あんた、」


 冬川が手を止めずに、言った。


「食材の、置き方が、決まってるな。使う順に、右から、並べてる」


「先入れ先出し、です」


 私は笑った。


「先に使うものを手前に。奥に、いくほど、あとで使うもの。──体が、勝手に、そうしちゃうんです。癖で」


「……俺も、同じだ」


 冬川がぽつりと言った。


「荷物を積むとき。先に、下ろすものをいちばん手前に、積む。奥に、いくほど、あとで、下ろすもの。順番を間違えると、現場で、余計な、時間が、かかる」


 荷物を積む。──また、その言葉だった。荷を運ぶ人の、言葉。私の中で、既視感が、はっきりと輪郭を持ちはじめた。けれど、まだ最後の一片が、はまらない。


「冬川さんの、お仕事って」


 私は鍋をかき混ぜながら、あえて、軽い調子で、聞いた。


「もしかして、運ぶ、お仕事ですか」


 冬川の、包丁が、止まった。


「……なんで、わかった」


「腕。手首の、内側。それから、荷物の、積み方の話。──重いものを繰り返し、積み下ろしてきた人の、手つきだから」


 冬川はしばらく黙っていた。それから、観念したように小さく、笑った。


「配送だよ。夜の。……食い物を運んでる」


 食い物を運ぶ。夜の配送。──その瞬間、私の中で、最後の一片が、はまりかけた。


 私の店にも、毎晩、来る。定温センターから、トラックが。おにぎりや、弁当を載せて。「定時定ルート」といって、各店への到着は、何時何分、と分刻みで、決まっている。遅れれば、店の棚が、空になり、チャンスロスになる。だから、ドライバーは、道を知り尽くしている。運ぶものは、「温度帯」ごとに、分けられている。おにぎりや弁当は、冷蔵ではなく、二十度前後の、定温で。冷やしすぎると、米が、ぱさつくからだ。


 そして、深夜の納品では、店員が、レジ対応で、手が離せないことも、多い。だから、ドライバーと、店員は、ほとんど、言葉を交わさない。「無言の連携」。ドライバーは、番重を所定の場所に、そっと置き、空の番重を回収して、去っていく。互いに、顔も、ろくに、見ないまま。


 私は思わず彼の顔をまじまじと、見た。けれど、彼はそれ以上は、言わなかった。カメラが、近づいてきていた。ただ、私の胸の奥で、その「無言の連携」という言葉が、鐘のように響いていた。顔も、見ないまま。毎晩、すれ違ってきた、誰か。──まさか。


 できあがったのは、素朴な、親子丼だった。湯気の立つ、あたたかい、ただの親子丼。


 審査員が、一口食べて、目を見開いた。


「……なんだ、これ。すごく、ほっとする、味だ」


 派手さは、なかった。けれど、私と、冬川の丼は、いちばんあたたかかった。二人で作った、いちばんあたたかいもの。それは、料理の腕というより、たぶん二人が、同じ「温度」を大事にする人間だったからだ、と私は思った。彼は荷の温度を守る人。私は料理の温度を渡す人。冷たいものを冷たいまま、温かいものを温かいまま。それが、二人の、仕事の、芯だった。


 その夜、私はたまたま、それを見てしまった。


 共有の廊下に、スタッフが、資料を置き忘れていた。クリップで留められた、数枚の、紙。次回以降の、演出プラン。──何気なく、目に入った一行に、私の心臓が、止まった。


 「冬川悠。今季の"悪役"として、脱落へ誘導。視聴者の反感を集める編集で、盛り上げる」


 悪役。脱落へ、誘導。──私はその紙を握りしめた。


 あの無愛想で、けれど、誰よりも、静かにあたたかい人が。番組の手で、みんなに嫌われる役を着せられ、棚から、下げられようとしている。しかも、その筋書きに、上の棚へ上がった私もきっと組み込まれている。


 廊下の、蛍光灯が、じいと、鳴っていた。私はその紙を元の場所に、そっと戻した。手が、震えていた。


 部屋に戻っても、眠れなかった。天井を見上げる。冬川の、あのだしの匂いを嗅いだときの、無防備な顔が、ちらついて、消えなかった。あの人は、悪役じゃ、ない。無愛想なだけだ。不器用なだけだ。愛想笑いが、できないだけだ。──それを番組は、知っていて、わざと悪役に、仕立てる。中身は、変えない。見せ方だけを変える。フェイスアップの、逆だ。正面の、いちばん悪く見える面をこちらへ、向ける。


 私は自分の職能の言葉が、こんなに、恐ろしいものになりうるとは、思わなかった。前出しも、単品管理も、客層キーも、ぜんぶ、人をあたためるための、道具だと思っていた。けれど、香山さんの手にかかると、それは、人を冷やすための、刃に、変わる。


 先に入れた古い痛みを先に出さないと、奥から腐る。──なのに、私はこれから、目の前で、一人の人が、腐らされていくのを見ることになる。それを止める力は、私には、まだなかった。むしろ、私自身が、その筋書きの、駒に、なろうとしていた。店の明かりと、引き換えに。窓の外で、雨が、また、降りはじめていた。だしの匂いの余韻だけが、まだ指先に、残っていた。

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