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コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


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第五章「賞味期限切れ」

賞味期限と消費期限は、違う。


 消費期限は、これを過ぎたら食べないでほしい、という線。弁当やおにぎりのような、傷みの早いものに貼られる。賞味期限は、おいしく食べられる目安の線だ。スナックやカップ麺のような、日持ちするものに貼られる。賞味期限が切れても、たいていは、まだ食べられる。味が、少し落ちるだけだ。


 私は賞味期限切れの人間だと思っていた。もういちばんおいしい時期は過ぎた。けれど、まだ食べられなくはない。──番組が始まって数日で、私はその考えすら、甘かったと知った。


 この番組の中で、私は賞味期限どころか、とっくに消費期限切れの扱いだった。


「はい、じゃあ、今日の企画は、二人一組でのデートです」


 スタッフの声が、庭に響く。組み合わせは、参加者の投票で決まる、という。誰と、いちばんデートしたいか。名前を書いた紙を箱に入れる。


 結果は、火を見るより明らかだった。


 男性陣の票は、白鳥沙羅と、桃瀬まりんに集まった。女性陣の票は、一ノ瀬岳に集中した。私の名前は、一枚も、なかった。予想はしていた。していたのに、集計係のスタッフが、私の名前を一度も読み上げないまま作業を終えたとき、胸の奥が、しんと冷えた。


 余った者どうしで、私は体育会系のタイガと組むことになった。


「よろしくな、相沢さん!」


 タイガは、まったく気にしていない様子で、白い歯を見せた。悪気のない、大きな声。


「なんか、俺ら、余りもの同士だな!」


「……そうですね」


 余りもの。──その言葉が、廃棄の弁当と重なって、少しだけ、笑えた。


 デートの場所は、近くの海辺だった。カメラが、少し離れてついてくる。タイガは、ひたすら筋トレとプロテインの話をした。私は相槌を打ちながら、砂浜に落ちているゴミの数を無意識に数えていた。夜勤の癖だ。散らかりが、目についてしまう。


「相沢さんって、聞き上手だな」


 タイガが、ふいに言った。


「なんか、話しやすいわ。ほかのやつらは、こう、探り合いっていうか。相沢さんは、ちゃんとこっち見てくれる」


 その一言が、意外なほど、じんときた。ちゃんとこっち見てくれる。──私は人の"いつも"を見る癖が、こんなところで、役に立つとは思わなかった。


 海風が、潮の匂いを運んでくる。タイガは、砂浜に座って、遠くの水平線を見ていた。その横顔は思っていたより、ずっと静かだった。


「俺さ」


 ふとタイガが言った。


「実業団、切られたんだ。怪我して。それで、次の道、探しててさ。この番組、目立てば、スポンサーとかつくかもって」


「そうだったんですか」


「情けないよな。体だけが、取り柄だったのに。その体も、もういつまで動くか、わかんねえ」


 私は砂の上に落ちた、貝殻のかけらを一つ拾った。割れて、角の取れた、白いかけら。


「動くうちは、まだ取り柄ですよ」


 自分でも、意外なほど、その言葉は、すっと出た。


「うちの店の廃棄の弁当も、そうです。線を越えたら、売れない。でも、まだちゃんと食べられる。まだ誰かの、腹を満たせる。線の外にいるだけで、中身が、なくなったわけじゃない」


 タイガは、ぽかんと、私を見た。それから、破顔した。


「相沢さん、変わってんな。……でも、なんか、いいわ、それ」


 彼の笑顔は、今度は、作りものではなかった。カメラは、そのやり取りを遠くから撮っていた。私は少しだけ、期待した。この貝殻のかけらの話が、少しは、映るかもしれない、と。


 けれど、夜、別荘に戻って、私は現実を知った。


 その日の様子が、ダイジェストとして、参加者にも共有された。編集済みの映像。──そこに、私と、タイガのデートは、ほとんど映っていなかった。ほんの数秒。私が海のゴミを数えている、ぼんやりした横顔だけが、抜かれていた。ナレーションが、こう言った。「マイペースな年上女子、相沢さん。恋のスイッチは、いつ入る?」


 マイペースな年上女子。──また、型に振り分けられた。今度は、番組の手で。


 貝殻のかけらの話は、一秒も、映っていなかった。タイガの、あの作りものでない笑顔も。番組が抜いたのは、私が黙ってゴミを数えている、間の抜けた横顔だけ。素は、ぜんぶ、あなたたちのもの。ただ、その素が、どう見えるかは、こっちが決める。──香山さんの言葉が、ここにきて、はっきりと意味を持った。


 私は消費期限切れの弁当みたいに棚の隅に置かれていた。まだ食べられる。けれど、誰も、手を伸ばさない。それどころか、番組は、私が「手を伸ばされない」という事実そのものを一つの見せ物にしていた。


 悔しい、とは、少し違った。もっと深いところで、疲れていた。私は慣れていた。型に振り分けられ、奥の段に置かれ、いないものとして扱われることに。慣れているぶん、抗い方を忘れていた。抗ったところで、どうせ線の外なのだから。──そう思う自分が、いちばん嫌だった。自分で自分に貼った、消費期限のシール。それを私はこの番組の中でも、後生大事に、貼りつづけていた。


 その夜も、私は眠れなかった。


 夜勤の体は、午前二時、三時に、いちばん冴える。みんなが寝静まった別荘は、しんとしていた。私はそっと部屋を抜け出した。喉が渇いていた。水を一杯飲みたかった。


 広間の奥の、共有キッチン。冷蔵庫の白い光だけが、ぼんやりと灯っている。私はその光に近づいて──足を止めた。


 先客が、いた。


 冬川悠だった。


 彼はカウンターにもたれて、カップ麺をすすっていた。深夜のキッチンでたった一人。湯気が、彼の疲れた顔をうっすらと湿らせている。私に気づくと、彼はほんの少しだけ、決まり悪そうに箸を止めた。


「……眠れないの、俺だけかと思ってた」


 彼がぽつりと言った。


 その声を聞いた瞬間、私の中で、あの既視感が、また、ざわりと動いた。この声。この抑揚のない、けれど、どこか温度のある声を私は知っている。


「あなたも、夜型ですか」


 私は思わず聞いていた。


 冬川は少しだけ、目を見開いた。それから、カップ麺の湯気の向こうで、初めて、かすかに笑ったように見えた。


「夜型、っていうか」


 彼は割り箸を置いた。


「昼に寝て、夜に働く生活をずっとしてたから」


 その一言が、暗い水面に、小石を落としたみたいに私の記憶の底に、波紋を広げた。昼に寝て、夜に働く生活。──私と、同じだ。この人も、夜の側の人間だった。


 カップ麺の匂いが、狭いキッチンに、満ちていた。安い、しょうゆの匂い。うちの店のいちばん売れる、あのカップ麺と、同じ匂いだった。


「昼、寝られないでしょう」


 私は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り、コップに注ぎながら言った。


「体が、夜に、目を覚ましちゃう。何年もやってると、そういう体になる」


「……わかるのか」


 冬川が麺をすする手を止めた。


「わかります。私も同じだから」


 彼はしばらく私を見ていた。番組の誰もが、私を見た瞬間に押す、あの客層キーの音が、この人からは、聞こえなかった。地味枠。年上女子。当て馬。──そういう振り分けをこの人だけは、していない。ただ、一人の、眠れない人間として、私を見ている。


「あんた、」


 冬川がぽつりと言った。


「番組の中で、一人だけ、演技してないな」


 私は返す言葉に、詰まった。演技していないんじゃない。演技する価値も、ないと思われているだけだ。──そう言おうとして、やめた。この人には、なぜか卑屈な言葉を聞かせたくなかった。


 彼は食べ終えたカップ麺の容器を几帳面に、水で軽くゆすいでから、分別のゴミ箱に入れた。その慣れた手つきを私はじっと見ていた。ゴミの捨て方一つに、その人の暮らしが、にじむ。この人の手つきは、毎晩、同じ作業を正確に繰り返してきた人の手つきだった。


「おやすみ」


 冬川はそれだけ言って、キッチンを出ていった。


 残されたキッチンで私はしばらく動けなかった。心臓が、まだ静かに速かった。既視感は、消えなかった。むしろ、濃くなった。あの声。あの手つき。あの几帳面なゴミの捨て方。──どこかで、私はあの背中を見ている。それも、一度や二度じゃない。もっとずっと繰り返し。


 わからないまま、朝が、近づいてくる気配がした。

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