表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/22

第三章「客層キー」

レジには、客の性別と年齢を打ち込むボタンがある。


 「客層キー」という。会計のとき、店員が客をちらりと見て、男か女か、だいたい何歳くらいか、指で押す。十二歳未満、十代、二十代、三十代──五十代以上。押されたデータは、その場で本部の大きなコンピュータへ飛ぶ。いつ、どんな品が、どんな客に売れたか。その積み重ねが、商品開発や発注に化ける。


 私は何万回と、そのボタンを押してきた。人をひと目で「型」に振り分ける仕事。それが、私の職能の一つだった。


 だから、面接の会場に入った瞬間、私にはわかった。


 私を見た制作の人間が、いま頭のなかで客層キーを押した。三十代、女、地味。「早めに脱落する枠」。──カテゴリー分けは、一瞬だった。


「相沢灯里さん。三十二歳。深夜のコンビニ勤務、ね」


 テーブルの向こうで、書類をめくりながら言ったのは、香山澪という女性プロデューサーだった。四十代の半ばくらい。黒いジャケットに、隙のない眼差し。この番組の、いちばん奥にいる人だと、一目でわかった。


「はい」


「面白い経歴。うちは、こういう"リアルな一般の方"も、少し入れたいと思っててね」


 香山さんの声は、やわらかかった。やわらかいのに、体温がなかった。私は椅子の上で、膝の上の手を握った。


「変な話だけど、」


 香山さんがペンの先で書類を叩いた。


「あなた、自分がここで何を求められてるか、わかってる?」


 私はまっすぐ彼女を見た。会場の蛍光灯が、テーブルの天板に白く反射している。空調の、かすかな唸り。ほかの候補者たちの、明るい笑い声が、壁の向こうから漏れてくる。


「引き立て役、ですよね」


 香山さんの眉が、わずかに動いた。


「若くてきれいな人たちを輝かせるための。私みたいなのが一人いると、ほかの参加者が、より魅力的に見える。前出しと同じです。奥に地味なものがあると、手前の品が、ぐっと引き立つ」


 沈黙が落ちた。


 香山さんはしばらく私を見ていた。それから、ふっと口の端で笑った。


「フェイスアップ、だっけ。前出し。──あなた、面白いこと言うのね」


「事実を言っただけです」


「そう。あなたはたぶん第二回か第三回の脱落セレモニーで、カメラの端から消える。それでいい?」


 それでいい、と私は言おうとした。もともと、選ばれる側の人間じゃない。恥をかくのは慣れている。賞金の話は、優勝しなくても、途中まで残れば出演料が出る。それだけでも、店の資金には近づく。


 けれど、口を開く前に、香山さんが続けた。


「安心して。台本はないの、うちは。ぜんぶ、あなたたちの"素"。──ただ、その素が、どう見えるかは、こっちが決める」


 その一言に、私は小さく引っかかった。素が、どう見えるかは、こっちが決める。──それは、人を客層キーで振り分けるより、ずっと深いところに手を突っ込む言葉だった。


「一つ、聞いていい」


 香山さんは書類を閉じた。


「あなた、なんでこの番組に応募したの。恋がしたいわけじゃ、なさそうだけど」


 私は正直に答えることにした。取り繕っても、この人には見抜かれる気がした。


「店を続けたいんです。私が働いてる店が、再開発で消える。移転するには、お金がいる。優勝賞金が、ちょうどそのくらいで」


「へえ」


 香山さんの目が、初めて、ほんの少しだけ、別の色を帯びた。懐かしさのような、あるいは、痛みのような。私はその一瞬を見逃さなかった。単品管理の癖だ。人の顔に浮かぶ、ほんの小さな符号を私は拾ってしまう。


「お金のために、出るのね」


「はい」


「賢明よ。恋のために出るより、ずっと」


 その言い方が、妙に耳に残った。まるで恋のためにここへ来ることを心のどこかで、彼女自身が軽蔑しているような。あるいは、かつて、そうやってここへ来て、痛い目を見た人のような。──私はそのとき、香山澪という人の裏の段に、何かが押し込まれているのをうっすらと感じた。けれど、それが何かは、まだわからなかった。


 面接の帰り、ロビーで、ほかの候補者たちとすれ違った。


 誰もが、まぶしかった。背が高く、姿勢がよく、笑顔が完成されている。俳優のようにととのった顔の男。あざとく首をかしげて笑う女。名刺を配って回る、いかにも意識の高そうな男。ジムで鍛えたのがひと目でわかる、体育会系の大柄な青年。読者モデルのような、冷たく整った顔立ちの女性。派手なネイルの、明るいギャル。──私は彼らを一人ずつ、頭のなかで客層キーに振り分けていた。王子様系。あざとい系。意識高い系。癒し系。クール美人。ギャル。悲しいくらい、簡単に型に収まる。それが、この番組が求めているものだ。


 私は壁ぎわを目立たないように通り抜けた。前出しの、奥の段のように。


 思えば、私はずっと型に振り分けられて生きてきた。学校では「地味な子」。職場では「便利なベテラン」。母の前では「行き遅れた娘」。誰かが私を見た瞬間、その人の頭のなかで客層キーが押される。三十代、女、地味。──そして私はいつしか自分でそのボタンを押すようになった。誰かに型を貼られる前に、自分で自分に貼る。捨てられる前に、自分を棚から下げる。そのほうが、痛くないから。


 電車の窓に、私の顔が映っていた。夜勤で刷り込まれた、目の下の影。私はその影ごと、自分を客層キーで振り分ける。──早めに脱落する枠。それでいい。それでいいはずだった。


 数日後、店のバックヤードで、私は合格の通知を受け取った。


 スマホの画面に並んだ、丁寧な文面。ご出演が決定しました、おめでとうございます。撮影は来週から、郊外の別荘にて。──喜びは、湧かなかった。私はその文面の下に、小さく添えられた一行を見ていた。


 「※あなたには"働く等身大の女性"という役割を期待しています」


 役割。期待。──やっぱり私は当て馬だ。棚のいちばん下の段に、あらかじめ置かれている。ゴールデンラインには、決して並べてもらえない。


 撮影の前夜、私は最後の夜勤に入った。しばらくこの店には立てない。合宿のあいだ、昼勤のパートたちが交代で回してくれることになっていた。


 田久保さんが、いつもの時間に来た。肉まんと、無糖のブレンド。


「しばらく留守にします」


「ほう」


「遠くの、親戚のところに」


 嘘をついた。恋愛番組に出ます、とは、とても言えなかった。田久保さんは何も追及せず、湯気の立つ肉まんを両手で包んだ。


「留守のあいだ、この明かりは、消えんのかい」


「消えません。誰か、必ずいます」


「そうか」


 田久保さんはうなずいた。


「なら、いい。この明かりが、あるうちはな。眠れん夜も、行き場は、ある」


 その言葉が、胸の奥に、じんと残った。私が守りたかったのは、賞金でも、店の建物でもない。この誰も追い返さない明かりだ。それを消さないために、私は明日、いちばん場違いな場所へ行く。


 私はスマホを置いて、深く息を吐いた。冷蔵ケースの、低い唸りが聞こえる。手のなかに、まだあの日ポケットにしまった廃棄シールが残っていた。指先で、その古い粘着をなぞる。


 それでいい、と私は自分に言い聞かせた。当て馬でも、店が救えるなら。奥の段でも、明かりが消えないなら。


 けれど、心の奥で、あの声がまた囁いた。


 ──ほんとうにそれで、いいの?


 私は答えなかった。答えられなかった。ただ、翌週から始まる、まぶしい世界のことを思って、うっすらと胃が重くなった。眠れそうにない夜が、また一つ、増えた。窓の外の街灯を見上げながら、私はまだ剥がしていないシールの粘着をいつまでも指でなぞっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ