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コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


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第二十一章「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」


 それは、私が世界でいちばんたくさん言ってきた言葉だ。


 誰にでも、同じ高さ、同じ抑揚。一晩に、何十回も。意味なんて、とっくに、すり切れている。──そう、思っていた。けれど、ほんとうは、違ったのかもしれない。あの言葉は、こういう意味だった。「あなたが来てくれて、よかった」。「深夜三時でも、あなたを追い返さない」。「あなたがそこにいていい」。──ただ、私はそれをあんまり、たくさん言いすぎて、自分でも、忘れていただけだった。


 再会スペシャルの、生放送は、終盤に、さしかかっていた。


 私の告発で、番組は、めちゃくちゃになっていた。スタッフは、右往左往していた。司会は、進行を見失っていた。それでも、電波は、流れつづけていた。番組は、最後に、いつもの、あの儀式をやろうとした。──温度トークンの、返却。今日で、番組は、終わる。全員が、この場所を去る。だから、全員から、温度トークンを返してもらう。冷やして、終わる。それが、この番組の、締めくくり方だった。


 スタッフが、参加者たちに、あの銀色の缶を配った。今日は、あたたかく、ない。ただの冷えた缶。それを香山さんの手に、返せば、番組は、幕を閉じる。


「待ってください」


 私は立ち上がった。


「返す儀式、じゃ、なくて。今日は、返す向きを逆に、しませんか」


 スタジオが、静まった。私はスタッフに、頼んで、保温ケースをステージに、運んでもらった。うちの店にも、ある、あのホットスナックを温める、保温ケース。その中に、缶を入れて、あたためる。


「この番組は、選ばれた人だけを温めて、選ばれなかった人を冷やしてきました。──でも、私が働いてる店では、温度は、いつも無条件でした。誰にでも、同じようにあたたかいものを渡す。値踏みも、選別も、しないで」


 私はあたたまった缶を一本ずつ、手に、取った。


 そして、配って、回った。


 タイガに。星野きらに。白鳥沙羅に。──でも、この場に、いない人には、渡せない。だから、私はカメラに、向かって、言った。


「陽菜さん。見てますか。あなたの缶は、ここに、あります。あなたはいい子だから、いるんじゃ、ない。あなたがあなただから、いていいんです」


 それから、私はいちばん意外な人の前に、立った。


 香山さんだった。


 私はあたたかい缶を彼女に、差し出した。


「香山さんにも」


 香山さんが後ずさった。


「……なんで、私に。私はこの番組を作った人間よ。いちばん冷やしてきた側よ」


「知ってます」


 私は言った。


「でも、あなたも、たぶんずっと冷えたままだったでしょう。──二十年前。あなたも、この番組みたいなものに、出て。廃棄された側だったんじゃ、ないですか」


 香山さんの顔が、凍りついた。図星だった。単品管理の目が、ずっと拾っていた符号。刃を差し出す手の、震え。恋のためにここへ来ることへの、軽蔑。廃棄されることを覚悟していた人の、戸惑い。──ぜんぶ、そこに、つながっていた。


「捨てられた側が、捨てる側に、回った。もう二度と、冷やされないために。──でも、あなたはいまも、あの日の、冷えたままなんじゃ、ないですか」


 香山さんの目から、涙が、こぼれた。二十年、こぼさなかった涙が。彼女は震える手で、そのあたたかい缶を受け取った。両手で。まるで冬川が私の温めた弁当を包んだときのように。確かめるように。


「……あったかい」


 彼女が、ぽつりと言った。あの体温のない人の、口から。生まれて初めて、温度を知った子どものような、声で。


 スタジオが、涙に、包まれていた。モニターのコメントも、もう手のひら返しの、あざけりでは、なかった。ただ、静かにあたたかかった。


 そのときだった。


 スタジオの、入口の扉が、開いた。


 良心的なADの、真下さんが、誰かを連れて、立っていた。


 冬川悠だった。


 私の息が、止まった。彼は少し痩せて、いた。仕事を失い、社会から、廃棄されかけた、数週間。それでも、その目は、あの疲れた、けれど、静かな目のままだった。真下さんが、探し出して、連れてきてくれたのだ。この放送を見せるために。


 冬川はゆっくりとステージに、上がってきた。私の前に、立った。


 私は震える手で、最後の、あたたかい缶を保温ケースから、取り出した。彼のために、いちばんあたためた、一本。


 差し出す。捨てられても、いい。


「冬川さん」


 私は言った。声が、震えた。かまわなかった。


「私、あなたに貼った線を剥がしに、来ました。──ぜんぶ、私の卑怯のせいでした。あなたをこわいって、言ったのも。黙ったのも。あなたを廃棄したのも。ごめんなさい」


 冬川は何も、言わなかった。ただ、私を見ていた。あの三秒で、決めない目で。


「あなたは私がいちばん廃棄品みたいに自分を感じていた夜、ガラスの向こうで、私を見ていてくれた、たった一人でした。──今度は、私があなたを見ます。ガラス越しじゃ、なくて。ちゃんとこっちから」


 私はあたたかい缶を両手で、彼に差し出した。


 そして、私のいちばん自然な言葉を告げた。何万回も、言ってきて、いちばん意味のすり切れた、けれど、今、いちばん意味の詰まった、五文字を。


「──温めますか」


 冬川の、目が、揺れた。


 彼はそのあたたかい缶を両手で、受け取った。日に焼けた、大きな手のひらで、確かめるように包んで。ずっと外から見ていた、あたたかいものの、内側に、やっと入れた人のように。


「……ああ」


 彼が言った。かすれた声で。泣きそうな、笑いで。


「温めて、くれ。──あんたの、店で。これからも、ずっと」


 私はうなずいた。涙が、あふれた。差し出して、よかった。捨てられなかった。手に取ってもらえた。廃棄ロスなんて、なかった。


 私は番組では、勝たなかった。優勝は、辞退した。賞金も、返した。健気な庶民の物語は、こなごなになった。──でも、私はいちばん大事な発注を当てた。目の前の、いちばんあたたかいものを品切れに、しなかった。


 スタジオをあたたかい拍手が、包んでいた。今度は、作られた拍手じゃ、なかった。


 店の明かりは、どうなったか。


 結論から、言えば、あのみなと通りの店は、消えた。再開発は、止まらなかった。私が真実を暴いても、世界は、そんなに、都合よく、変わらなかった。賞金も、辞退した。優勝の栄光も、なかった。──梯子を上りきって、店を大きく、救う。そんな劇的な結末は、来なかった。


 でも、放送を見た人たちが、動いた。切り抜きで、人を廃棄する時代に、たった一人、線を剥がしに来た女がいる。その話は、静かにけれど、確かに広まった。うちの店の常連たちが、SNSで、声を上げた。田久保さんが、たどたどしい文字で、「あの店の明かりは、眠れん者の、行き場だった」と書いた。ノノが、匿名で、「あたし、あの店のスープに、何度も救われた」と書いた。


 その声が、小さな、うねりになった。オーナーが、のれんを私に譲ってくれた。少しの、支援が、集まった。大きな、店じゃ、ない。前の店の半分もない、小さな、夜だけの店。それでも、私は新しい場所で、もう一度あの明かりを灯すことになった。


 そして、仕事を失った、冬川が言った。「俺、運ぶの、得意だ。あんたの店の仕入れ、俺に、やらせてくれ」。番重を運ぶ人と、番重を受け取る人。今度は、ガラス越しじゃ、なく、同じ、店の内側で。


 世界は、変わらなかった。ただ、私の深夜三時が、変わった。もう一人じゃ、ない。


 そして、私はふと彼に言った。何万回も、言ってきた、あの言葉を。今度は、たった一人に、心を込めて。


「いらっしゃいませ」


 来てくれて、よかった。あなたがそこにいていい。──そのぜんぶを込めて。


 冬川は缶を両手で包んだまま、ほんの少し笑った。あの無愛想な顔が、いちばんやわらかく、ほどけた瞬間だった。私はその顔をこの先、何度でも、見るのだと、思った。ガラス越しでは、なく。すぐ、隣で。

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