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コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


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20/22

第二十章「収納代行」

コンビニでは、お金を預かる。


 電気、ガス、水道、税金。客が、払込票を持ってくる。私たちは、その金額を受け取り、領収印を押す。──でも、そのお金は、店の売り上げでは、ない。「収納代行」という。ただ、預かるだけだ。事業者に、渡すまでの、あいだ、一時的に、店が、持っているだけ。「預かり金」という。店の利益は、わずかな手数料だけ。だから、絶対に、間違えられない。一円でも、なくせない。それは、私たちの、お金では、ないから。預かったものは、渡すべき相手に、そっくり、渡す。手をつければ、店の信用の、根っこが、腐る。──それが、預かるということの、いちばんの、掟だった。


 人の、痛みも、たぶん同じだった。うっかり、見てしまった、誰かの、いちばん奥の段。それは、私が勝手に、使っていいものでは、なかった。渡すべき相手に、渡すまで、そっと預かるだけの、ものだった。


 私はその映像データを手のなかで握っていた。


 香山澪の、いちばん見られたくない面。番組の、暗部。それを握れば、私は勝てる。この生放送の、電波に、乗せれば。冬川の名は、完全に、清められる。店は、救われる。私は巨悪を暴いた、正義のヒロインに、なれる。


 指が、再生ボタンの上で、震えていた。


 やれ、と心の中で、声がした。今度は、卑屈の声では、なかった。もっと甘い、正義の顔をした声だった。──これは、正しいことだ。香山は、悪人だ。陽菜を冬川を大勢を廃棄してきた。裁かれて、当然だ。あなたには、その権利がある。証拠も、ある。ボタンを押すだけ。ピッ、の、一音で、あの女を廃棄できる。


 私の親指が、ボタンに、触れかけた。


 そのコンマ数秒に、いろんなものが、頭をよぎった。


 店の消えかけた明かり。田久保さんの、しわの深い顔。ノノの、小銭を数える指。移転の、資金。──ボタン一つで、それが、ぜんぶ、救われる。しかも、正しいことをして。悪を暴いて。誰にも、後ろ指をさされずに。むしろ、称賛されて。こんなに、都合のいい話は、なかった。


 スタジオの照明が、熱かった。額に、汗が、にじむ。カメラの、赤いランプが、じっと私を見ている。何百万人が、私の次の一手を待っている。差し出された刃は、ずしりと、重かった。この重さは、権力の、重さだった。人を廃棄できる者の、重さ。──かつて、香山澪が、握っていた、重さ。


 私はその重さに、めまいがした。ああ、これは、危ない。この重さは、気持ちが、いい。人を裁ける。人を消せる。正義の名のもとに。──香山さんも、たぶん最初は、こうだったんだ。この甘い重さに、酔って。いつのまにか捨てる側に、回って。


「相沢さん」


 声がした。白鳥沙羅だった。彼女はいつもの、冷たい顔で、けれど、まっすぐ私を見ていた。


「あなた、さっき、言ってたよね。冬川は三秒で、"こわい"って、決められた、って。客層キーで。──いまあなたがやろうとしてること、それと、何が、違うの」


 私の指が、止まった。


「あなたがそのボタンを押したら。あなたは香山さんを三秒で、"悪"に、する。いちばん見せてはいけない面をこっちに、向けて。──それ、あなたがいちばん嫌ってた、やり方じゃ、ないの」


 スタジオの、ざわめきが、遠のいた。私は手のなかの、映像データを見た。


 沙羅の言うとおりだった。私がいまから、やろうとしているのは、切り抜きだった。香山という、一人の人間をその暗部だけで、切り取って、廃棄する。相手が、悪人だから、いい、という理屈。──それは、番組が、冬川にやったことと、同じだった。相手が、地味だから。相手が、無愛想だから。相手が、悪だから。理由が、変わっても、やっていることは、同じだ。人を一つの面で、切り取って、棚から、下げる。


 そして、私は気づいた。


 この香山澪の、暗部。彼女のいちばん隠したい過去。──これは、私のお金じゃ、ない。


 収納代行だ。預かり金だ。


 毎晩、私は収納代行の、伝票を処理する。電気。ガス。水道。税金。客が、払込票を持ってくる。私は金額を受け取り、領収印を押し、店の控えを専用のボックスに、そっとしまう。それをなくせば、客が、支払った証明が、消える。取り返しが、つかない。だから、その場で、いちばん安全な場所に、しまう。決して、手をつけない。──客の払込票をスキャンして、現金を受け取り、領収印を押す。そのお金は、私の手のなかを通り過ぎるだけだ。私のものには、ならない。一円も。手をつければ、それは、横領だ。信用の、崩壊だ。店のいちばんの、根っこが、腐る。──だから、私たちは、預かったお金を金庫の、いちばん安全な場所に、そっとしまう。渡すべき相手に、渡すまで。


 人の、痛みも、同じだった。


 私はこの番組で、たくさんの人の、"いちばん奥の段"を見てきた。陽菜の、涙。沙羅の、疲れ。冬川の、孤独。そして、いま香山の、痛み。──それらは、私が単品として、見たから、預かったものだ。私に託されたものだ。信じて、見せてくれたわけでは、ないかもしれない。それでも、見てしまった以上、それは、私の預かり金だった。それを私の勝ちのために、使うことは。私の正義のために、電波に、乗せることは。──預かり金の、使い込みだ。いちばんやっては、いけないことだ。


 単品管理の目は、人の、奥の段を見る力だ。けれど、その力は、人をあたためるためにも、廃棄するためにも、使える。私はこの番組で、それを両方、やってしまった。冬川をあたためて、そして、廃棄した。──もう二度と、この目を廃棄のためには、使わない。奥の段を見る力は、そこにしまわれた痛みをそっと預かるためにある。暴くためでは、ない。


 私は再生ボタンから、指を離した。


 映像データを香山さんの手に、そっと返した。


「これは、使いません」


 私は言った。


「これは、私のお金じゃ、ない。──あなたの預かり金です。あなたがどう、するか、決めるものです」


 香山さんが目を見開いた。あの体温のない目が、初めて、ゆらいだ。


「……なんで。これがあれば、あなた、勝てるのよ。お店も、救えるのよ」


 その声は、震えていた。怒りでは、なかった。もっとこわがっているような、声だった。まるで廃棄されることを覚悟していた人が、廃棄されなかったときの、戸惑いのような。


「勝ち負けは、もういいんです」


 私は微笑んだ。疲れた、けれど、たぶん生まれて初めて、心からの、笑顔で。


「あの店の明かりは、勝ち負けをつけませんでした。誰も、追い返さなかった。値踏みも、選別も、しなかった。──私が守りたかったのは、そういう明かりです。だったら、私がいちばんそれをやっちゃ、いけない。あなたを廃棄しちゃ、いけない」


「……ばかね」


 香山さんはうつむいた。そのいつも隙のなかった肩が、少しだけ、落ちていた。


「あなた、ほんとうにばかよ。私はあなたを利用したのよ。冬川を廃棄させたのよ。陽菜も。──憎んで、当然でしょう。裁いて、当然でしょう。なのに、なんで」


「憎んでます」


 私は正直に、言った。


「あなたがしたことは、許せません。冬川さんに、したことも、陽菜さんに、したことも。──でも、あなたを廃棄することと、あなたのしたことを許さないことは、別です。私はあなたのしたことを許しません。でも、あなたを三秒で、"悪"に、切り取って、棚から、下げることは、しません。あなたにも、たぶん奥の段が、あるから」


 香山さんが顔を上げた。


 その目が、濡れているのに、私は気づいた。単品管理の、癖で。この人は、いま生まれて初めて、"廃棄されない側"に、立たされて、どうしていいか、わからずにいた。


 私は香山さんを見た。


 もう敵としてでは、なかった。番組の、支配者としてでも、なかった。ただ、一人の、人間として。単品として。──彼女のいちばん奥の段に、押し込まれた、何かを見るために。刃を差し出す手が、震えていた、その理由を知るために。

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