表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/22

第十九章「違算」

違算の、原因は、たいてい、小さい。


 一円の、ずれ。その一円をあなどると、帳簿は、永遠に、合わない。だから、私たちは、一円のために、レシートを何十枚も、めくり返す。どこで、いくら、ずれたのか。小さな食い違いを一つずつ、拾って、真実の帳尻を合わせる。──面倒な作業だ。でも、その一円が、合ったとき。世界の、帳尻が、合う。


 再会スペシャルの、収録日。私はレシートの束を抱えて、スタジオに、立った。


 束、といっても、紙では、ない。人だった。


 あの夜、私の電話に、出てくれた人たち。タイガは、二つ返事だった。「相沢さんが、そう言うなら、間違いねえ」。星野きらは、電話口で、少し泣いた。「あたし、ずっと変だと思ってたんだよね、あの編集」。白鳥沙羅は、いつもの、冷たい声で、こう、言った。「あなたのためじゃ、ない。私、あの番組の、"作られ方"が、前から、気に入らなかっただけ」。──そして、良心的なADの、真下さんが、こっそり、渡してくれた。編集前の、未使用の、映像データを。


 電話をかけながら、私は思っていた。この人たちは、私が単品として、見てきた人たちだ。持ち寄りパーティーの夜、私が一人ずつの"いつも"を読んだ人たち。タイガの、貝殻のかけら。きらの、渇いた喉。沙羅の、疲れた目。──あのとき、私が型ではなく、粒として、彼らを見たことが、いまレシートの束になって、返ってきた。人を単品で見るということは、いつかその人が、こちらの、単品にも、なってくれるということだった。それは、番組の、客層キーの、真逆の力だった。


 生放送が、始まった。


 スタジオには、参加者が、並んでいた。私と、一ノ瀬岳。タイガ。星野きら。白鳥沙羅。──冬川の席だけが、空いていた。彼はどこにも、いなかった。私はその空席を見て、腹に、力を入れた。あなたのいない場所で。あなたに貼った線を剥がす。


 司会が、台本どおりに、私に話を振った。


「さあ、優勝された、相沢さん。今のお気持ちは?」


 カメラの、赤いランプが、灯った。全国の、家庭の、テレビの、向こう側に、何百万人が、いる。私は深く、息を吸った。


「一つ、訂正させてください」


 スタジオが、ざわめいた。台本には、ない、言葉。


「番組で、冬川悠さんが、"危険人物"として、描かれました。私もそれに、加担しました。──でも、あれは、違算です。帳尻の、合っていない、帳簿です。今から、その一円を合わせます」


 私はモニターを指した。真下さんが、用意してくれた、未編集の映像が、映る。


「これは、いちばん広まった切り抜きです。冬川さんが、私と一ノ瀬さんを"執着の目で見ている"とされた場面。──でも、これ、切り取られてます。撮影時刻は、午前二時十八分。この時刻、冬川さんは、いつも庭の、東の隅に、いました」


「そんなの、あなたの思い込みでしょう」


 司会が、台本に、戻そうと、した。けれど、そこで、タイガが、立ち上がった。


「思い込みじゃ、ねえよ。俺、あの時間、いつも東の隅で、腕立て、してたんだ。冬川さん、毎晩、来てた。俺の隣で、ただ、夜空、見てた。──俺と、二言、三言、話して、部屋に、戻ってく。それだけだ。相沢さんたちなんか、見てねえ」


 次に、星野きらが、スマホを掲げた。


「あたし、あの夜、たまたま、庭の、写真、撮ってたんだ。ほら。時刻、二時二十分。冬川さん、写ってる。──顔、こっち向いてる。相沢さんたちが、いた、西とは、真逆」


 最後に、白鳥沙羅が、静かに言った。


「番組は、彼の視線の"先"を映さなかった。映せば、そこに、誰もいないと、ばれるから。──彼が見ていたのは、夜空よ。眠れない人が、夜空を見て、何が、悪いの」


 レシートが、一枚ずつ、めくられていく。時刻。場所。証言。写真。──小さな食い違いが、一つずつ、拾われ、積み上がっていく。編集された帳簿の、抜かれた文脈が、一枚、また一枚、埋められていく。


 スタジオの、空気が、変わった。


 モニターの端を流れる、視聴者のコメントが、変わりはじめた。「え、まって、じゃあ、あの切り抜き……」「うわ、番組、ひどくない?」「冬川さん、ただ、眠れなかっただけかよ」。手のひらが、返りはじめる。──けれど、私はその手のひら返しにも、胸が、痛んだ。同じ人たちが、数週間前は、「せいせいした」と書いていた。手のひらは、こんなにも、簡単に、返る。今度は、別の方向へ。それが、この時代の、こわさだった。


 そして、最後の、一円を私は合わせた。


 レジ締めで、いちばん緊張する瞬間。すべてのレシートをめくり終えて、最後の、一円の、出どころを突き止める、あの瞬間。合えば、帳簿が、閉じる。世界の、辻褄が、合う。──私はそのために、いちばん大事な一枚を最後に、残していた。それは、映像でも、写真でも、証言でも、なかった。私自身の、言葉だった。


「冬川さんは、この番組で、いちばんあたたかい人でした」


 私は言った。声が、震えた。でも、止めなかった。


 これが、私の差し出す、心だった。捨てられても、いい。笑われても、いい。三十二歳の、賞味期限切れが、何をと言われても、いい。──私はもうチャンスロスを選ばない。廃棄ロスをこわがって、差し出さずに、終わるのは、もうやめだ。私はこの何百万人の前で、自分の中身を棚から、前へ、出した。生まれて、初めて。


「無愛想で、不器用で、愛想笑いが、できない。だから、三秒で、"こわい"と、決められた。客層キーで。──でも、あの人は、眠れない夜に、私が温めた弁当を両手で、確かめるように包む人でした。米粒一つ、残さず、食べる人でした。私がいちばん廃棄品みたいに自分を感じていた夜、ガラスの向こうで、私を見ていてくれた、たった一人でした」


 スタジオが、しんと、した。


 帳尻が、合った。一円の、違算が、消えた。冬川悠に、貼られた「悪役」の、販売期限のシールが、みんなの前で、剥がれた。その下から、あたたかい中身が、こちらへ、向いた。フェイスアップの、いちばん正しい使い方で。


 私はやりきった。優勝者の、"健気な庶民"は、この瞬間、終わった。台本を外れた私を番組は、もう守らない。それで、よかった。


 収録の、休憩中。香山さんが私に近づいてきた。


 その手には、一枚の、映像データが、あった。


「よく、やったわね」


 香山さんは静かに言った。


「でも、これだけじゃ、あなたの負けよ。番組は、"編集の行き違いでした"で、逃げる。あなたは"面倒な出演者"で、終わる。──本当に、勝ちたいなら、これを使いなさい」


 私はその映像データを見た。


「番組の、"作られ方"の、内部告発。誰が、どう、冬川を悪役に、仕立てたか。すべての、指示の、記録。──これを生放送で、流せば、番組は、終わる。私も終わる。あなたは"巨悪を暴いた、正義のヒロイン"になれる。数字は、爆発する。あなたのお店の話も、美談として、広まる。賞金なんか、いらないくらい、支援が、集まるかもね」


 香山さんはそのいちばん切れ味のいい刃を私に差し出した。


「さあ。あなたも、"切り抜き"で、人を廃棄してみる? 今度は、私を」


 その声は、挑発だった。けれど、その目は、挑発では、なかった。あの体温のない目の、奥に、また、あの色が、あった。懐かしさのような、痛みのような。──まるで自分を廃棄してほしい、と願っているみたいな、目だった。刃を差し出す手が、ほんの少し震えているのに、私は気づいた。単品管理の、癖で。


 私はその映像データを手に、取った。指先に、その冷たい重さが、伝わった。──これを流せば、私は勝てる。冬川の名を完全に、清められる。店も、救える。正義のヒロインに、なれる。差し出した刃の、切れ味は、本物だった。ひと振りで、香山澪という人をこの世から、廃棄できる。ピッ、の、一音で。


 私の指が、その再生ボタンの上で、止まった。ボタンは、あたたかくも、冷たくも、なかった。ただ、私の次の一手を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ