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コンビニ店員が恋愛リアリティショーに参加参加する話-温めますか-  作者: もしものべりすと


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第十八章「レジ締め」

レジ締めは、逃げられない仕事だ。


 一円でも、合わなければ、帰れない。面倒だから、と見なかったことには、できない。違算を放っておけば、店の帳簿は、少しずつ狂っていく。だから、どんなに、遅くなっても、原因を突き止める。合うまで、やる。──それが、店を預かる者の、責任だった。


 私はまず、番組の制作会社を訪ねた。


 最終回の、放送を終えても、番組には、まだ収録が、一つ、残っていた。「再会スペシャル」。参加者全員が、もう一度集まり、その後を語る、生放送の、特別回。そこで、私と、一ノ瀬岳の「成就」を正式に、お披露目する。それが、香山さんの描く、完璧な、シナリオの、締めくくりだった。


 香山さんは応接室で、私を迎えた。


「あら。優勝者が、わざわざどうしたの」


「香山さん。再会スペシャルで、私、話したいことが、あります」


「台本は、あるわよ。あなたは一ノ瀬くんとの、これからを語ればいい」


「冬川さんの、切り抜きが、嘘だってことを話します」


 香山さんのペンを持つ手が、止まった。


 室内が、しんとした。壁の時計の、秒針の音だけが、やけに、大きく、聞こえた。私は膝の上で、手を握っていた。手のひらが、汗ばんでいた。それでも、目は、そらさなかった。


「あなた、自分が、何を言ってるか、わかってる?」


 香山さんの声から、あのやわらかさが、消えた。


「あの編集で、番組は、数字を取った。あなたも、それで、優勝した。賞金も、手に入れた。──いまさら、それをひっくり返す? あなたのお店の明かりは、どうなるの」


「香山さん」


 私は言った。


「あなたは私にこう、言いましたよね。中身は変えない、見せ方を変えるだけ。フェイスアップと同じだ、って」


「言ったわね」


「でも、缶詰の向きを直すのと、人の見せ方を勝手に決めるのは、違います。缶詰は、痛くない。人は、痛い。──あなたはそれをわざと混ぜた。私の職能の言葉を使って。私を丸めこむために」


 香山さんの眉が、ぴくりと、動いた。


「私は店でフェイスアップをするとき、棚の品をあたためるために、してました。売れ残りに見えて、誰も手を出さない品を前に出して、もう一度誰かの手に、届くように。──あなたはその逆をやった。人をいちばん手を出したくない面に、して、棚から、下げた。同じ技術で。人を冷やすために」


 部屋の、空気が、ぴんと、張った。私の心臓は、痛いくらい、鳴っていた。それでも、私は続けた。ここで言わなければ、また、押し込んでしまう。奥の段へ。


「私はあなたと、同じことをしました。だから、わかるんです。これは、フェイスアップじゃ、ない。廃棄です。人の、廃棄です」


 香山さんはしばらく私を見ていた。あの体温のない目で。けれど、その奥に、私はまた、あの一瞬の、別の色を見た。懐かしさのような、痛みのような。──まるでかつて、同じことを言おうとして、言えなかった、人の目だった。


「……で。どうしたいの」


 香山さんが低く、言った。


「賞金は、返します。優勝も、辞退します」


 私は答えた。声が、震えないように腹に、力を入れた。


「店の明かりは、別の方法を探します。──あの明かりを守るために、あの明かりの意味を殺すのは、もうやめにします」


「ばかね」


 香山さんは笑った。けれど、その笑いは、少し苛立っていた。少しこわがっていた。


「あなた、あんなに、お店のために、必死だったじゃない。廃棄ロスと、チャンスロスの、綱を渡ってきた人でしょう。ここで優勝を捨てるなんて、いちばん大きな、廃棄ロスよ」


「廃棄ロスじゃ、ありません」


 私は首を振った。


「私はいままで、いちばん大事なものを差し出す勇気が、なくて。捨てられる痛みが、こわくて。ずっとチャンスロスを選んできました。──今度こそ、差し出します。捨てられても、いい。私はあの人に、貼った線を剥がしたい。それだけです」


 言いながら、私は自分でも、驚いていた。


 声が、震えていなかった。手のひらは、汗ばんでいたけれど、目は、そらしていなかった。──こんなふうにまっすぐ自分の欲しいものを口にしたのは、生まれて、初めてだった。あの応募フォームの、空欄。「あなたの理想の恋を教えてください」。あのとき、埋められなかった空欄が、いま埋まっていた。私はあの人に、貼った線を剥がしたい。私の欲しいものは、それだ。選ばれることでも、優勝することでも、なかった。たった一人に、貼ってしまった線を剥がして、その中身をもう一度あたためること。


 店の明かりを諦めるのは、こわかった。田久保さんの、行き場。ノノの、朝ごはん。あの大勢の、深夜三時。それを守れなくなるかもしれない。──でも、と私は思った。あの明かりを守るために、あの明かりの意味を殺すのは、もうやめだ。誰も追い返さない明かりが、たった一人を追い返して、灯りつづけるなら。それは、もうあの明かりじゃ、ない。ただの電気だ。


 香山さんはしばらく私を見ていた。あの体温のない目で。けれど、その奥に、私はまた、あの一瞬の、別の色を見た。懐かしさのような、痛みのような。──まるでかつて、同じことを言おうとして、言えなかった、人の目だった。


「……勝手にすれば」


 香山さんは目をそらした。


「でも、生放送よ。台本を外れれば、あなたの"健気な庶民"は、一瞬で、終わる。視聴者は、手のひらを返す。あなたも、冬川と、同じ、棚の下に、落ちる。──それでも、やるの」


「やります」


 私は応接室を出た。


 背中で、香山さんの小さな声が、聞こえた気がした。「……あなたはいいわね。まだ間に合って」。けれど、振り返ったときには、彼女はもう書類に、目を落としていた。


 それから、私は冬川を探した。


 配送会社は、辞めていた。連絡先も、わからない。彼が住んでいた場所も、番組の個人情報の壁に、阻まれて、たどれない。──あの人は、消えていた。まるで廃棄登録された品のようにこの世から、抜き取られたみたいに。私は焦った。彼に直接、謝りたかった。彼を単品として、もう一度見たかった。けれど、彼はどこにも、いなかった。


 だったら、と私は思った。せめて、彼のいない場所で、彼の名を清める。彼に貼られた線を剥がす。それが、私にできる、たった一つの、償いだ。


 もし、いつか彼がどこかで、この放送を見たとき。「今季の悪役」の切り抜きが、覆されているのを目にしたとき。──あの人のあの諦めた目が、ほんの少しでも、あたたまるなら。それで、いい。私を許してくれなくても、いい。もう一度会えなくても、いい。ただ、あの人が、これから生きていく世界が、あの人を少しでも、ちゃんと見てくれるように。


 一人では、できない。レジ締めは、レシートの束が、いる。あの夜の証言が、いる。私の記憶だけでは、「元カノの、思い込み」で、片づけられてしまう。違算を証明するには、複数の、レシートが、いる。同じ夜、同じ庭にいた人たちの、記憶が。


 私はスマホを取り出した。連絡先に、あの夜、同じ庭にいた人たちの、名前が、並んでいた。タイガ。星野きら。白鳥沙羅。そして、良心的なADの、真下さん。──私がこの番組で、単品として、見てきた人たち。型ではなく、粒として、覚えてきた人たち。


 彼らなら。私が型ではなく、一人ずつ、ちゃんと見てきた人たちなら。私の話を聞いてくれるかもしれない。あの夜のレシートを差し出してくれるかもしれない。


 深く、息を吸った。差し出す。捨てられても、いい。


 私は最初の一件に、電話をかけた。呼び出し音が、鳴る。心臓が、鳴る。指先が、冷たかった。──これが、私の人生でいちばん大事な発注だった。外れたら、私はすべてを失う。当たれば、あの人に、貼った線を剥がせる。仮説と検証。もうこわがりの発注は、しない。

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