お父様におねだり
アンナはスゥと息を吸ったと思ったら、
「正直に言いまして、あの男は最低です。私どもがあの屋敷に迎えられた時にはもう既にお嬢様への愛は無い様に見えました。手を挙げるような暴力は無いものの、平気でお嬢様に暴言を吐き、屋敷で仕事を押し付け、自分は外で女を作り、あの忌々しい義母と共に遊び呆けていました。しかし、悔しい事にあの男は外面だけは大変に優秀でライド商会での顔の広さ、人脈は確かなもので御座います。しかし、人間としては、まっったく!!尊敬が出来ない人物です。正直、あの男を旦那様と呼びたくはありませんでした!!」
殆どノンブレスで言い放ち、少し息切れをするアンナ。
「ハァ、ハァ、ん、んん!!少々取り乱しました。申し訳ありません」
すぐに息を整え、姿勢を正すアンナ。
「いいえ、大丈夫よ。アンナ、ありがとう」
「勿体無いお言葉です。奥様」
「しかし、いつも冷静沈着なアンナがそこまで言うとは、相当だぞ」
アンナの怒涛のノンブレスに口の端を引きつらせるアレックス。
「私もここまで鬱憤が溜まっていたとは思いませんでした」
「お嬢様は、気になさ過ぎなのです。まぁ、そのおかげで仕事の方には支障が少なかったようですけど」
溜息を吐きながら、呆れるアンナ。
「あの人の言葉をいちいち親身に受け止めていたら、いつか精神崩壊しますから、適当にあしらっていました」
「その、マイペースさは、尊敬の域にありますよ。お嬢様」
「あら、ありがとう、ヨハネス」
「アンナがここまで言うのだから、他の者も相当ストレスだっただろうな。ロゼ、お前、またあの男の元に戻るつもりなのか?」
テーブルの上の資料を読みながら、厳しい顔をするアレックス。
「いいえ、お兄様。戻るつもりはありません」
そんな兄の問いに笑顔で答えるロザリア。
「その為に、お父様におねだりしに来たんですから」
子供のような、無邪気な笑みに、父は、口角を少し上げ、小さな笑みをこぼす。
「なんだ?なんでも言いなさい。可愛いロザリア」
「ありがとうございます、お父様・・・・・・豚が欲しいんです」
「ん?豚だと?」
「ええ、出来れば沢山の、豚さんを飼いたいのです」
予想外な娘のおねだりだった。
だが、
「・・・・・・・・・いいだろう。数日以内に用意させよう。飼う場所も用意しよう」
「ありがとうございます、お父様、大好きです!!」
「ああ、」
おねだりの承諾に無邪気に喜ぶロザリアに笑みを深くする父。
「ところでお兄様」
「ん?なんだ?私にもおねだりか?私は父上と違って叶えられるものに限度があるぞ?」
「いいえ、少しお聞きしたい事があるだけですよ。我がライド商会のライバルであるクロノス商会の最近の様子について少々お聞きしたい事があるのです」
「・・・・・・その事か。多分、お前なら聞くと思っていた」
「ええ、ライド商会とクロノス商会は以前はそれほど経営に差は無かったと思います。ですが、近年、経営に違和感がありまして。テオとキノに調べて貰ったら、少々怪しい情報が」
あの屋敷でも比較的屋敷の外で他人に会う機会の多い2人に情報収集を頼んだら、巧妙に隠してあった、ある事が見えて来た。
「申し訳ありません。お父様」
「・・・・・確かに、これは、見逃せないな」
資料を片手に、お父様が私の謝罪を聞きソファーの背もたれに身を預ける。
「情けない事ですが、手持ちの仕事で手一杯で、発見が遅れてしまいました」
「お嬢様の場合、仕事に夢中になって気が付かなかったと言った方が正しいです」
「うぅぅ・・・・・・」
ヨハネスの言葉に気まずそうに身を小さくする。
「そ、それは否定できませんわ」
「だが、これがあの男の仕業と考えていいのか」
「・・・・・いいえ、これは私の予想ですが、あの人の仕業ではないと思われます。というよりも、あの人にここまで巧妙に隠せる頭を持ち合わせているとは思えません」
「・・・・・・他に心当たりがあると言う事か?」
「はい、お父様」
父の問いにしっかりと確信を持って答える。
「今、あの人は愛人さんと旅行に、義母は大きな街に出掛けて豪遊しています。動くなら、今がいいと思ったんです。もう既に手配は済ませております。恐らく10日後には、決着がつきます」
徐に目を細め微笑む娘に、
「そうか、好きにしなさい」
「はい。ありがとうございます」
「フッ」
父は同じように笑みを浮かべる。
「あら、ロゼ、お話はもう終わり?」
「はい、お母様。おねだり成功しました」
「そう、良かったわね~」
のほほんと笑い合う妻と娘に張り詰めていた書斎の空気が緩和されていく。
「そうだ、ロゼ、せっかく帰ってきたのならお母様とお買い物に行きましょう」
「え、お買い物ですか?でも、まだ、持ち帰った仕事が、」
「ダーメ。もう、家に帰ってきたのにお仕事ばっかり。久しぶりに帰ってきたのだからお母様の相手して頂戴。ヨハネス、馬車を呼んで」
「はい、奥様」
「え?あの」
「さ、お嬢様。お出掛け用のドレスにお着替えしましょう」
「あ、アンナ?」
「久しぶりのロゼとお買い物、楽しみだわ」
「さ、お嬢様、お召し替えにまいりましょう。奥様、しばしお待ち下さい。旦那様、アレックス様。失礼します」
「え、ええぇ?」
嬉々として困惑するロザリアを部屋から連れ出す妻とメイドに残された男性陣は、
「お気をつけて」
「頑張れよロゼ」
「無駄遣いは、しないように」
苦笑しながら見送る執事、兄、父だった。
数時間後、疲れた顔で帰って来たロザリアにまた苦笑することになった男性陣だった。
ロザリアが実家に帰って2日が経ったある昼下がり、
「お嬢様。お客様がお見えです」
庭の東屋で読書をしていたロザリアの元に使用人が来客を知らせに来た。
「そう、ありがとう。応接間にお通しして」
「畏まりました」
読んでいた本に栞を挟み、知らせに来てくれた使用人に優しく微笑む。
「さぁ、いいお返事が聞けるといいですね」
そう、小さく呟きながら、ロザリアは客人が待つ応接間へ歩みを進める。
応接間。
ロザリアが応接間に入ると、お父様。アンナとルイス。そしてもう1人、細身の60代の男性がソファに座っていた。だが、その顔は青く、どこかソワソワして挙動不審。
その姿は、罪の裁きを待つ罪人の様だった。
「お待たせして申し訳ありません」
「はっ!い、いえ!!」
ロザリアが声をかけると、男性がハッと我に帰り、慌ててロザリアに向き直った。
「わざわざ御足労頂きありがとうございます。デリー伯爵」
「い、いいえ、だ、大丈夫で、御座います!あ、あの!ロザリア様、」
「落ち着いて下さい。まずは、紅茶でも一杯いかがですか?デリー伯爵、いえ、お義父様」
「あ、あぁぁぁ」
ロザリアの微笑みに異常なほど怯えの表情を見せる、私の夫の父親、私にとって義父にあたる男性。
ロザリアは、父の隣、そして、義父の正面のソファに腰掛け、
「さぁ、お義父様。早速ですが、お話し合いしましょう。今後について」
無表情で自分を睨む公爵と花の様な笑顔のロザリアに義父は、大人しく従うしかなかった。
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