文化祭は、後輩たちが先輩らの攻撃に涙する~前編~
通常の始業時間には早い時間帯にも関わらず、かなりの人数が校内にいるのは文化祭という特別な日ならではないかと思う。
殆どの生徒が登校して、各々作業をしているのだろう。
「ついに、この日が来ちゃったか」
二階の廊下から中庭を見下ろしながら、開店準備に取り組む生徒たちを眺める。
文化祭初日であった昨日は、一般公開日ということもあって模擬店を出店したクラスは忙しかったに違いない。
二日目となる今日は、限定公開日という形となり、学校側が特別に招待した人間しか立入ができない仕様となっている。
昨日とは客数も減少するから、忙しさは緩和されるであろう。
「でも、今日は今日で……アレなんだよね」
本番間際になっても、全く気付けない後輩たちにニヤニヤした視線を送りまくっていた首謀者二人の顔が脳裏に浮かぶ。
あの人たちが本気になったのだ。何か不穏な事態に気付けた人間はいても、何も手出しはできなかったに違いない。
邪魔しようものなら、本番前にも関わらず本気で叩き潰しただろうし。
まあ、私は私で自分の役割を果たすだけだから、それ以外に関しては基本的に関与しないつもりなのだけど。
「明子姉~っ」
本日の自分の予定を頭の中で確認していると、かさねくんに呼び止められた。
「見回りの件で相談があるんだけど、いい?」
「今年もやっぱり生徒会だけでなくて、そっちにも仕事がきたわけね」
昨年度の文化祭でも、生徒会と文化祭実行委員だけで手が回らない部分を、何でも屋が請け負ったのだ。
少人数だけど、小回りがきく使い勝手のいい駒を利用しない手はないという理由で。
「今回って一般公開日が例年と入れ替わって初日に来たからさ、去年と勝手が違ってちょっと悩んでる箇所があって……」
どれどれと、かさねくんが差し出してきた書面を確認する。
「これでいいんじゃない? っていうか、本題はこれじゃないよね」
渡された書類と突っ返す。
ここまで完璧に見回り内容をまとめてくるくせに、何が悩んじゃってるだ。
しかも、なんで初日じゃなくて二日目の部分だけ確認にきやがった。
ぎろりと睨み付けると、かさねくんは悪戯がばれた子供の様な顔で笑っていた。
「バレた? やっぱ、明子姉ってば大好き」
「いやいやいや、意味が分かんないんだけど」
きらきらした顔ですごい笑顔を向けてくるな。
身体のデカさとか関係なしに、不穏なものしか感じないから。
「分かってるくせに」
いや、マジで分かんないで。つか、分かりたくないんで。
「……で、本題は?」
話が進みそうにないので、こっちから話題を再度振ってやる。
「文化祭でのオレの相手って、明子姉かな?」
表情も変えず何の気なしにとんでもない発言されて、固まってしまったのは仕方ないと思う。
だから、この子は怖いんだって。
「明子姉ちゃんにも立場があると思うからさ、深くは聞かないから、そこだけ教えてくれる?」
やっぱりこの子は、何かしら感づいていたか。……どこまで情報を得てるんだろうか。
まあ、その質問をしてくるってことはある程度は知っているのだろう。
ため息を一つついて、ご褒美代わりに情報を提供する。
「かさねくんのお相手は私じゃないよ。当初は私だったけど、ご指名が入りまして別の人間になりました」
いつぞやのリベンジを兼ねて、名乗りを挙げてきた人物がいる。
本来は、こちら側の人間ではないのだけど、どうしてもかさねくんの敵にまわりたいという要望を受けてこちら側に回った二年生。
「ふーん。……ご指名かぁ。だったら、明子姉ちゃんはどうするの?」
「基本的に可愛いお嬢さんたちのお相手かな。それ以外は今のとこ、予定はないよ。基本的に私は隠し扱いだからね」
「じゃあ、」
「徳井っ! 時間厳守っていっただろうが!! こんな所でなに油売ってやがる」
かさねくんが何かを言いかけたが、その声に被さるように蔵人くんが急ぎ足でこっちに近づいてきた。
「かさねくん、さぼってたの?」
隣に佇む大型犬を睨みつけると、小さく舌を出してそっぽを向きやがった。
「おはようございます、先輩」
蔵人くんが、かさねくんに向けていた表情とは180度違う素敵な笑顔で挨拶をしてくれる。
「おはよう。朝から後輩に面倒掛けられて大変だね。かさねくん、欲しい答えはきけただろう、持ち場に戻りなさいな」
「ほーい」
くるりと向きを変え、かさねくんは蔵人くんの嫌味の追撃を躱す。
二人と同じ方向に進みだした私に、蔵人くんが何事かと視線を向けてきた。
「私もこっちに用事があるんだよ。途中まで一緒に行ってもいいだろう?」
「……徳井となんの相談ですか」
「文化祭の見回り経路の確認。今年はいつもと違って一般公開日が初日にきたから、いつの通りだと不安になったみたいだね」
蔵人くんは何かが引っ掛かるのか、かさねくんにも目線を向ける。
「だって、昨年は明子姉が見回り関係の指揮とってたんだから、一番頼りになるだろう」
「え?」
蔵人くんが初めて聞きましたとばかりに、私を見つめてくる。
「どこぞのメイドさんを助ける以外にも、これでもお仕事してたんだよ」
昨年のことを思い浮かべ、ふふっと、軽く笑っておく。
「……知りませんでした」
「ばーか、お前が知らないだけで何でも屋って結構裏で色々と仕事してるんだからな」
表だって生徒のために仕事をするのは生徒会、裏方でひっそり手助けするのが何でも屋。
ここ数年はそういう形で、お互い運営して仕事のすみ分けしているのだ。
「木屋はもう少し周りに目を向けた方がいいと思うぞ」
私が言おうと思っていた台詞を、なぜかかさねくんが言っていた。
「はあ? なんでお前にそんなこと言われんきゃいけないんだよ」
「だって、こうもにぶちんだと、さすがにオレでも……ねえ?」
って、こっちに話を振ってくるんじゃない。
「こら、かさねくん。いらないことは言わなくていいから、つーか黙りなさいね?」
これ以上喋るなと圧力をかけておく。
が、かさねくんへと意識を集中し過ぎたせいで足元への注意が疎かになっていたせいか、階段を一段踏み外す。
「ありゃ?」
「ちょっと、明子姉!!」
「っと、先輩!?」
ぐらりと後ろへと傾いだ身体を、後ろにいた蔵人くんがとっさに抱き留めてくれる。
「ごめん、ありがとう」
「……勘弁してくださいよ。って、ん??」
蔵人くんが何かに違和感を感じたのか、私を腕に抱いたまま見下ろしてくる。
「何、どしたの?」
「先輩、いつもより重たくないですか?」
――――どすっ
「……ぐっ」
いきなり聞こえた暴言に、手加減を忘れて蔵人くんの腹に肘鉄をくらわす。
結構な衝撃だったろうに、手すりを掴んで階段から転がり落ちるのを見事に回避したのは褒めてやろう。
「す、すみません。ことばを選び間違えました」
「そだね。で、何を言いたかったのかな? 場合によっては、さらなる攻撃があると思って心してことばを紡ぐがいい」
一応、私も女子という生き物なので、体重とかは気にしてるわけなんですよ、蔵人くん。
「え、えと、抱き心地がいつもと違う、」
――――ぐわしっ
「蔵人くん? どうしたのかな? 朝から喧嘩を売りたいの?」
確かに、最近第何次成長期か分からないが、体重が少し増えたとも、えぇ、増えましたとも!!
「うわあああああああぁぁっ、違うんです!! 手、手を離してください!! 首がしま、るっ」
「うん。締めてるの、わざと締めてるんだよ。その口をふさぎたいからさ」
蔵人くんを遠慮なく、ぎりぎりと締め上げる。
ネクタイごと襟ぐりを掴む手に、かさねくんが待ったをかける。
「明子姉、ダメだって。ここは公共の場なんだから。やるなら、人目に付かないとこでしないと」
「……あ。そっか、ありがとう、かさねくん。頭に血が上り過ぎちゃって、判断間違うとこだったね」
掴んでいた手を解放し、こちらを怯えた表情でみつめる仔猫ちゃんに声をかける。
「で、蔵人くんは本当に、何を伝えたかったのかな?」
あまりにもひどい言葉のチョイスに、怒り狂うところだった。いや、狂ってたか。
「……えーとですね、感触が」
何の感触だ、何の。
再び、私が負のオーラをまき散らしたのを察した蔵人くんが、ごほんと一度咳払いをする。
「今、現役時代並みのフル装備してるのはなぜ、ですか?」
怪訝な表情の蔵人くんとは対照的に、横でかさねくんが面白そうに口笛を吹いた。
昨年度、散々私に抱き着いてきた仔猫ちゃんは、抱き心地でその日の私が何でも屋の仕事があるのかないのか判断していたというのはご本人からきいていましたとも。
しかし、それを目の当たりにすると、なんだろう、この複雑な心境。
確かに、本日は色々とあるので、現役時代並みに制服の下の様々な仕込みをしてますよ?
「……そうか、そういう気づき方をしちゃうのか、君は」
「引退したはず、ですよね?」
文化祭という日に、なぜかフル装備の元何でも屋の私。
何かあるのか勘ぐられても仕方ない状況ではある。
どうしたもんかなーと、思い悩んでいるとかさねくんを目があった。
「喧嘩売られたんだし、買ってあげたら? ちょうど空いてるじゃん」
空いてはいる。
他の面子の戦いでも面白おかしく観戦しようと思っていたけども、蔵人くんは最後の最期でひっくり返すのが得意らしい。
私という札を加えることによって、首謀者たちが考えていたシナリオがより面白くなるのに気づき、こっそりため息をつく。
予想されていたら、嫌だなーと思いながらも、その流れに身を任す。
「そうだね、珍しく喧嘩を売られたことだし、買っちゃおうかな」
「はあ!? 売ってないですよ、喧嘩なんて!?」
いえいえ。さっきの暴言は、乙女にはすごい攻撃でしたよ?
「彼女に対して、重いって言動はどうかと思うぞ」
「うっ」
かさねくんからの言及に、蔵人くんがことばに詰まっている。
本当にね。……もっと他に言い方があったろうに。
顔は繊細な作りをしているのだから、発することばにも少しはその繊細さを混ぜるがいい。
スマホを取り出し、とあるお方へのお伺いをしてみる。
3コール以内でとってくれるとか、まさか暇なのか。
「今、大丈夫ですか? えとですね、木屋蔵人の担当を私に変更できますか?」
スマホの向こうからは、軽やかな笑い声が聞こえてきた。
えぇ、えぇ、笑ってくださいな。
貴女方の考えていた一番面白い流れに持って来れて大満足でしょうよ。
予想通りですか、そうですか。
「……はい、ありがとうございます。心してお相手しますよ。はいはい、最後もちゃんとしますって」
画面をスライドさせて、通話を切ると同時に蔵人くんを見つめる。
何の会話か理解できてない可愛い仔猫ちゃんに、少しだけネタばらしをする。
「君と過ごせる最後の文化祭だけど、ゆっくり二人で模擬店をまわるってのはできそうにないや」
蔵人くんがどういうことか、説明を求める前に始業開始前の予冷が鳴る。
もうこんな時間か。
思った以上に、移動に時間がかかっちゃったな。
「え?」
「お?」
時間も差し迫っているので、仔猫と大型犬の腕をとって、目的地へを足を向ける。
階段をさくっと登り切り、生徒会室とは逆方向となる茶道室へと二人をぐいぐい引きずっていく。
「先輩、僕たちは生徒会室に用事が、」
「明子姉ちゃん、デートのお誘いならできれば木屋がいない方が嬉しいだけど、」
それぞれに何か言っているのを無視して、目的地へと足を進める。
――――ジリリリリリリリリリリリリッ
そして、文化祭二日目の開幕の合図として、校内中に警報音が鳴り響いた。
文化祭の話は、本編3話。
後日談1話を予定してます。




