文化祭は、後輩たちが先輩らの攻撃に涙する~中編~
――――ジリリリリリリリリリリリリッ
校内に非常ベルの音が鳴り響く。
突然の警告音にざわつく校内の様子を肌で感じながら、それが何かを知っている私や三年生たち、さらに教師陣はは最後の準備として腕に赤色の腕章を取り付ける。
「……なんで、非常ベルが」
「アナウンスをきいて、出火元の確認してから生徒の誘導を、」
異常事態にも落ち着いている目の前の後輩二人の頼もしさにうっかり笑ってしまう。
まあ、火事ではないのでそんな心配は無用なのだけど。
鳴り響いていたベルの音が止み、ブチッと鈍い音をたてて校内放送のスイッチが入る。
「やあ、生徒諸君。ついでに教職員や特別参加枠の皆さま、おはようございます。生徒会長の黒岩居です。文化祭二日目へのご参加ありがとうございます」
時間通りに始まった、首謀者その一である生徒会長の第一声に大人しく耳を傾ける。
ちなみに、いうまでもないが首謀者その二は副会長である。
目の前の仔猫と大型犬は眉間にシワをよせて、放送にききいっている。
「このまま二日目開催の挨拶をしたいところだが、予定を変更させていただこう。先程の非常ベルをもって、学校の主要な教室、施設、そして文化祭運営本部は我々が占拠させてもらった。それに伴い、学校入り口も閉鎖させていただいた」
そこかしこで、この異常事態に対するざわめきが聞こえてくる。
窓から見える正門には、私と同じく赤い腕章を付けた生徒や教師が数人立っているのが見えた。
「一、二年生の諸君、喜びたまえ。今日という日だけは大手をふるって君たちの先輩や先生方に喧嘩を売ることができる特別仕様だ。君たちの前に立ちはだかる敵を思う存分叩きのめすといい。赤い腕章を付けた人間が君たちの敵に当たる。中には白い腕章を付けた者もいるが、その人間はこのイベントに参加しない傍観者に当たる。くれぐれも間違って喧嘩をふっかけないように」
蔵人くんがふとこちらに目を向け、いつの間にか装着している赤い腕章を見て愕然としている。
今は会長の説明に集中してほしいので、無言で放送に専念しろと促す。
「このイベントへの参加は強制ではない。普通に文化祭も楽しめるようにはしているので、各自の判断に任せる。ただし、封鎖されいる教室などは戦いの舞台としているので、申し訳ないが参加者のみが立ち入るようにしてくれ。もちろん、勝負事なのだからちゃんと報酬も用意している。このイベントの時間内に生徒会室に辿り着き、ラスボスにあたる私を見事倒せた者に、私の持っている権限を最大限活用して願いをひとつ、何でも叶えてあげよう」
かさねくんが、口笛を吹き、会長太っ腹~と笑っている。
まあ、校内であの人ができないことなんて早々ないので、何をお願いしても大概叶えてくれるであろう。
「だが、時間内に誰も私の元までたどり着く生徒が一人もいなかった場合は、明日から二学期が終わるまで、毎日早朝と放課後に補習が実施される。もちろん、全員参加の。一学期の成績が例年に比べて平均点を落とした誰かさん達が招いた事態だと重く受け止めるがいい。先生方は嬉々として準備をしてくださっているからね」
早朝と放課後に行われる補習は、それぞれ通称ゼロ時限目と7時限目といわれている。
朝は勉強のためにわざわざ早起きをし、放課後やっと本日の授業が終わったと思ったら、もう1時限追加で勉強を強いられる、誰もが嫌がる鬼のような勉強のフルコースだ。
通常であれば、定期テストで赤点をとった生徒にのみ行われる特別な補習なのだが、それを罰ゲームに持ってくるとか、生徒会長って本当に鬼だと思う。
「参加方法だが、君たちの目の前には必ず誰かしら赤い腕章を付けた人間がいる筈だ。その者から青い腕章を受け取りたまえ。中には黒い腕章を手渡される人間もいるだろう。黒い腕章を手渡された者は、本人の意思がどうあれ強制参加となる人間だ」
私は用意していた、黒い腕章を二人に差し出す。
蔵人くんは苦虫をつぶしたような顔で渋々受けとり、かさねくんは待ってましたと嬉々として受け取ってくれる。
そして、さらに白い封筒を手渡す。
放送では説明されていないが、黒い腕章組に関しては勝負に挑まなければならない人間が決まっている。
「さて、説明もここまでにしとこうか。詳しいルールは各々で赤い腕章の人間からきいてくれ。では、ゲームスタートだ」
ぶつりと校内放送が途切れて、会長のおことばが終わった。
封筒の中身を確認したであろう二人に、声をかける。
「確認した?」
「先輩、ちなみに黒い腕章の生徒って」
「次代の生徒会役員、各委員長、新部長など、三年生から何かしらの役割を継承する生徒が選ばれてるね」
「明子姉ちゃん、確認。赤い腕章って三年生だけ?」
「教職員一同と、今日文化祭に招かれている特別招待客の皆さまも赤い腕章つけてるよ」
特別参加枠とは、主に卒業生で構成された曲者揃いの人たちである。
ぶっちゃけ面子を確認し、私は絶対にこの人たちと敵対したくないと思いましたとも。
「文化祭を利用して、こんなイベントするとかアホですか、あの人たち」
蔵人くんが頭を抱えている。
説明をきいて、首謀者が誰と誰なのかを理解したのだろう。
うん、事前に気付けなかった君たちの負けです。嫌だろうが、参加したまえ。
全校生徒、さらには教師陣など学校関係者を巻き込んでの文化祭ジャック。
それはそれは、嬉しそうに準備してましたから。
「三年生最後の思い出に、学校や同級生巻き込んで後輩たちに喧嘩を売るとか、すげーよな、あの人」
かさねくんは、ある程度の情報を独自につかんでいたせいか、そこまで動揺していない。が、本当にやっちゃうんだ……といつぞやの私と同じような独り言を呟いてた。
「取りあえず、蔵人くんはしばらくの間、そこで黙って見ててね」
かさねくんの真正面に立つ。
この子の封筒に書かれていた、最初のお相手は私。
「さっきは違うって言ってなかった?」
「いやいや、絶対分かってるでしょ」
君がきいてきたのは、最終ラウンドで君が叩きのめさなきゃいけない相手だったろう?
トリはあいつに喜んで譲渡したので、私の役目はこの子に初戦というか、我慢できたご褒美を渡すだけだ。
ぺしりと、かさねくんのおでこを軽くしばく。
「はい、合格。勝者の証を受け取りなさいな」
自分のおでこを攻撃していた札を受け取るついでに、私の身体を引き寄せる。
「ちょ、かさねくん!」
「うーん。抱き心地って、別にそんなに違和感ないけど?」
――――どすっ
――――げしっ
「……ってて。明子姉、本気出し過ぎ。つーか、木屋、大人しく見とけって言われてたじゃん」
前者は私がかさねくんの足を踏みつけた音で、後者は背中を蔵人くんが蹴り上げた音である。
ぐいっと、かさねくんを押しどける。ついでにその頬をめいっぱい抓り上げておく。
「いてててっ、ごめん、ごめんってば。はい、調子に乗りました!」
「素直に褒めてあげようと思ったら、調子に乗りやがって、君の勝ちを取り消すよ?」
全く、少しは成長したかと思ったらこれなんだから……。
生徒会長の企みを事前に気づけた察知能力。その事実を周りに吹聴せずに、生徒会長の思惑をきっちり見極めて当日まで自分の心にしまっていたことを評価した結果が、さっき彼に手渡した勝利の証である。
生徒会長らがこの計画に気づき、邪魔をしてくるであろうと懸念していた下級生のひとりが、かさねくんだ。
この勝利を示すカードの枚数が最終戦へと挑む、もしくは生徒会長へ挑戦するための必要条件である。計画に正確に気付き、さらにそれを黙って受け入れてくれた下級生に贈る、ささやかな礼でもある。
春先の1日入学の時のフライングをかますような感じだったら、速攻で負け判定してやろうと思っていたが当日まで確認してこなかったかさねくんには、本当に吃驚した。
「さあ、これは君にとって予選みたいなものだろう。さっさと本戦に向かいなさないな」
かさねくんは、うーんと少し悩んだ後で、ちらりと蔵人くんの方を確認する。
「時間は確かに惜しいんだけど、この後木屋に振り掛かる事態を眺めたいんだよね。それぐらいいいでしょ?」
「……本当に、よく調べてるね。いいよ、特別に許可したげる。ただし、邪魔はしないでくれよ」
「かりこまり~」
さて、大型犬の相手も終わったし、今度は仔猫ちゃんの方へと歩み寄る。
「お待たせ、蔵人くん。君には、そこに書いてある通り、課題に進む前にちょっとしたお手伝いをしてもらうよ」
「はあ、そのように指定されてるけど、どういうことですか?」
こいこいと、私の担当教室である茶道室へと二人を誘導する。
先に入室し、会場の準備をして頂いていた教頭先生に軽く挨拶し、もうすぐ現れるであろう挑戦者たちを待ち構える。
「そろそろ、かな」
さっさと説明しろと圧力をかけてくる蔵人くんをさくっと無視して、壁に掛けられた時計で時刻を確認する。
数人の生徒の気配と共に、ノックもなしに扉ががらりと勢いよく開かれる。
「央守先輩、いざ勝負です!!!!!!」
威勢の良さとは打って変わって、きちんと脱いだ上履きを揃えてから畳が一面敷かれた茶道室に足を踏み入れる姿に笑ってしまう。
みんな育ちがいいんだろうな~と、自分に喧嘩を売りに来たであろう後輩たちに暖かな視線を送る。
「石居さん? と、この面子って……」
蔵人くんが彼女たちを不思議そうに眺める。
「誰かさんの非公式ファンクラブの女たちだよな。明子姉を目の敵にしてる奴らじゃん」
「かさねくん、黙っておこうね」
ぽつりと口の悪いこという大型犬を睨みつけ、目の前のお嬢さんたちに改めて目を向ける。
「ようこそ、可愛らしいお嬢さん方。その腕に青色の腕章を付けてるということは私の敵というわけだ」
彼女たちの腕には、付けられたばかりであろう青色の腕章。
「えぇ、正面切ってあなたに喧嘩を売れる今日という日を、心待ちにしてましたから」
石居さんが、その麗しい顔に極上の笑みを浮かべてくれる。まさに、眼福。
「蔵人くんの誕生日に素敵な協力をいただいたからね、代表で石居さんには特別仕様で勝負を仕掛けてあげるよ。はい、蔵人くん、これを持って」
「……え、なんですか、これ。札?」
「まだ、裏返したまんまにしといてね。あぁ、ちょうどいいや。かさねくん、取りあえず私が札を並べ終わるまで蔵人くんを抑えてて」
蔵人くんが抵抗する前に、あっさりと押さえつける鮮やかな手腕に惚れ惚れする。
「さ、石居さん、そこの座布団に座って。ちょっと準備するから待っててね」
石居さんから1メートルくらい距離をとって、正面に座る。
その何もない空間に、寝る間も惜しんでコレクションから選びに選んだ写真が印刷された札を重ならないように並べていく。
「うわー、明子姉ったら大盤振舞じゃん」
「こ、これは……央守先輩、本気ですね」
「って、なんですか、これええええええええええええええぇぇっ!!!!!!」
並べられた札に印刷されているのは、蔵人くんの写真である。
こっそり撮った寝顔から、デートの時の私服姿、そして最も注目すべき札は、秘蔵のクララちゃんのお蔵入り写真。
「題して、木屋蔵人かるた!! 絵札は私の所有する蔵人くんコレクションから、惜しまずに選び抜いたレアショット写真で構成されてるのさ」
石居さんを含め、ファンクラブのお嬢さんたちはそのレアっぷりに目を潤ませて、絵札をガン見している。
眺めたいたいだろう、欲しいだろう~。私も選ぶ過程で何度見とれてしまったことか。
絵札には、もちろんかるたなので、右上にひらがなを1文字ずつ振っている。
「ちなみに、表面に特殊な加工をしているので、スマホや携帯なんかで撮っても画面には真っ暗に写っちゃうから、欲しかったら私と勝負して札を勝ち取るがいい」
かさねくんは、蔵人くんがこれ以上わめけないように、口元を抑えている。
うん、いい仕事っぷりだ。
「勝負は一人三回。絵札を二枚私から獲ったら勝ちだね。負けても勝っても、獲れた札は賞品として進呈するよ。まあ、一枚も獲らせてあげないけどね」
「いえいえ、私たちも本気で獲りに参りますから。特に、そのクララちゃんの写真。必ずゲットさせて頂きます!」
「ふふっ、まずこれに目を付けるなんて、石居さんも好きだね」
「うふふ、誰かみたいにスカートを捲ってしまう程ではないですよ」
さて、準備もできたし、そろそろ始めちゃおうかな。
「蔵人くん。ここにいるお嬢さんたちは、先日君のために素敵なケーキを用意してくれた面子だ。お返しとして、石居さんと戦う時だけでいいから、読み札を呼んでもらっていいかな?」
「…………それは、強制ですか」
蔵人くんが口元を引き攣らせながら、睨みつけてくる。
「強制っていうか、お願い?」
「……三枚だけなら」
ぼそりと呟かれたことばに、石居さん他ファンクラブのお嬢さん方は打ち震えている。喜んでくれてなによりです。
「では、はじめようか」
「望むところです!!」
茶道室の真ん中に対峙する私と石居さん。
石居さんの後ろには、それを見守るファンクラブ一同。私の後ろにはかさねくんと、お手伝いのために控えてくれている教頭先生。
そして、読み手である蔵人くんがちょうど私と石居さんの間にいる。
蔵人くんがさっき手渡した札を一枚無造作に選ぶ。
「えーと、せ、『先輩は僕のこと好きにならないでしょう?』って、なんですかこれええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」
ばしっと、札を払う音がするのと同時に、仔猫の絶叫が聞こえたが、取りあえず無視る。
「さて、一枚目は私の勝ちだね」
「ま、まだ、次がありますから!!」
せの文字が振られた、高校一年生時の仔猫ちゃんのキラキラ笑顔カードを、お嬢さん方に見せびらかす。
どうだ、ここまで満面の笑顔の正面から撮った写真はなかなかあるまい。うらやましいだろう。
「さあ、次を詠んでくれ」
「次、じゃないですよ! な、なんですか、この読み札!!」
「え? 蔵人くん語録だけど。絵札は私の秘蔵写真。読み札は厳選された蔵人くん語録。この二つが合わさって完成された木屋蔵人かるた! この世にたった一セットしかない貴重なかるただね☆」
「はああああああああああああっ?!」
蔵人くんが顔を真っ赤、に染め上げて抗議してくるが、ぷいっと顔を背けてその攻撃をかわす。
かさねくんなんかは、この状況を畳を叩きながら爆笑している。
「やばい、ウケる。なにこの羞恥プレイ」
「徳井!! 聴こえてるぞ、つーか、とっととこの部屋から去ってしまえ」
「嫌だね。こんな面白いことしてるんだから、お前が次の札を読むまでここにいるって。ほーら、石居先輩らが王子様の美声を期待して待ってるんだから、早く囁いてやれよ」
三枚は読むと言った手前、ぐっと押し黙る蔵人くんに、お嬢さん方は熱い眼差しをおくっている。
深呼吸を一度して、覚悟を決めたのか、蔵人くんが次の札を読み上げる。
「……『ご注文はお決まりですか、お嬢さま?』って、なんでその写真を先輩が持ってるんですか!!」
ぱしんっと、正面にあった札を押さえて、石居さんに笑顔を向ける。
「はい、残念でした。石居さんの負けね」
「……くっ、その、レアすぎる札だけは何としても獲りたかったのにいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「ふっふっふっ。秘蔵中の秘蔵写真の一枚ですからね。これに関しては私も譲れないんだな」
握りしめた札は、某少年メイドクララちゃんが上目づかいで佇んでいる貴重な一枚である。
昨年度の文化祭イベントにて勝者となった者に贈られた品だったりする。
「先輩。それ、所有してるご理由をおききしてもいいですかね?」
冷気を感じると思ったら、蔵人くんがどす黒い何かを発しながら傍に立っていた。
「いやいや、君にそんな時間はないでしょ。ここでの出番は無事に終わったから、さっさと次の課題のために移動しなさいな」
「は?」
「行ってらっしゃい」
文句いおうとする蔵人くんの言葉を、笑顔で遮る。
「封筒には時間がなくて書いてないけど、君の最後のお相手は私だからね」
さっき副会長に急きょ変更してもらった蔵人くんの最終戦。
せっかくのお祭りだもの。存分に楽しまなくては損だもの。
「きっちり全部の課題をクリアーしておいで。最終戦の開始時刻、14時に君に捕捉された、あの廊下で待ってるよ」
会長と副会長が用意してくれた、先輩と後輩が思い切って戦える日。
久しぶりに、おいかけっこといこうじゃないか。




