金木犀の季節は、魔法使いが次の宴に思いを馳せる
午後からの授業は二時限続けての調理実習である。
ランチライムの後ということで、食後のデザートという形で各々の班で好きな物を作っていいという授業内容になっている。
「で、なんで、僕と同じ班になってるんですか?」
「え? わざわざ頼んだからだけど、そこは素直に喜ぶところでしょう」
エプロンをつけて、同じ調理台に並んだ私になぜか蔵人くんが難しい顔を見せてくる。
顔を覗き込んで、さらに追及しようとしたところで肩を掴まれてぐいっと距離をとらされた。
「……近いです。本当に勘弁してください」
耳を少しだけ赤くして顔をそむける蔵人くんに笑ってしまう。
「視聴覚教室では隣に座ったのに、ここではダメなんだ?」
四時限目の視聴覚教室での授業は座席が自由だったので、すかさず隣に座ってご満悦でした。無論、私が。
「クラスメイトの前で、先輩にどんな顔して接していいのか分からないんですって」
小声で返される抗議の内容に、さらに笑みを深めてしまう。
「まあ、私は一日限りだから色々とはっちゃけれるけど、君はそうはいかないもんね~」
「分かってるんなら、あんまりいじらないでくださいよ」
「無理」
即答した私の顔をまじまじと見つめ、ため息をついて肩を落とす蔵人くんの姿に少しばかり不安に駆られてしまう。
素直に喜ぶよりも困惑する度合いの方が高いと予想はしていたが、そんな風な態度をとられるとさすがに淋しいのだけど。
「……蔵人くんは、私が傍にいると迷惑? さっさと切り上げて、自分の教室に帰った方がいい?」
まわりに気取られないように、こっそりと蔵人くんに確認してみる。
「午後からどうしても外せない授業があるから、やっぱり三年生の教室に戻りますねって言い訳はいくらでもできるよ」
「それは、」
「ねえ、君はちゃんと楽しんでくれてる? もう少し態度に出してくれないと、さすがの私も不安になっちゃうんだけど」
いつもは年上ぶって余裕綽々な態度が多いけども、たまにそれが虚勢だと君は見抜いてくれてるだろうか?
たった一つしか年が違うだけで、私だって君と同じように悩んだり、くじけたりするんだよ?
「楽しんでますよ」
隣から聞こえた真摯な声に、目を向ける。
「ちゃんと、楽しんでます。…………そんなに不安そうに見ないでください。って、そんな顔させたの、僕のせいですよね」
机の下で、蔵人くんの指先が私の指先を絡め取る。
「午後からは実習ですもんね。人目なんか気にして、会話しないとか勿体ないし、僕もはっちゃけますよ」
ふわりと微笑む、眼差しの優しさにさっきまで感じていた不安が一瞬で吹き飛ぶ。
「無理してない?」
「先輩を本気で追っかけようと心に決めてからは、無理の連続ですね」
「……えーと、」
その解答は予想外なんですが。
しかも、なぜにそのようにとろけるような微笑みでおっしゃってるのかな?
教室という公の場なんぞで、その麗しい顔を最大限活用するのは勘弁してくださいませんか。
遠目に見る分にはステキ~と穏やかな心で済むが、こんな至近距離で、しかも私一人に向けられているとか何この状況!!
普段はほとんど眠っている乙女心というものに、最大の攻撃を受けてるんですが!!?
やばい、顔に熱がこもる。こんな所で、彼氏に見つめられて赤面とかマジで勘弁してくれ。
「はーい。公共の場でいちゃつくの禁止」
蔵人くんの攻撃を受け、固まっていた私の側頭部にそこそこ重い衝撃が奔った。
「うっ」
「せ、先輩?」
く、首から地味にごきって音がしたんですが……。
痛みのために少しだけ滲んでしまった涙をぬぐいながら、攻撃を繰り出しやがった人物を睨みつける。
「やってくれるじゃない」
「アッキーてば油断しすぎ。ここまで綺麗に決まるなんて思ってなかったし」
「いや、あの極上の微笑みを真正面から受け止めてみなって、絶対呆けるから!!」
「……その微笑みを向けてもらえるのって、アッキーだけだからそんな機会はないよね。さりげなく惚気るとかやめてくれる?」
視線の先には、見慣れた男子生徒が水糸のエプロンを着用して佇んでいた。
蔵人くんと同じクラスなのは知っていたが、まさか教室で堂々と絡んでくるとは思ってなかった人物だ。
「盛沢?」
蔵人くんが私に突如攻撃を仕掛けてきたクラスメイトに怪訝な顔を向ける。
その視線なんて気にもしないで、がしっと私の首根っこを掴む。
「勝手に班を変更とかマジで迷惑だし。ほら、やることはいっぱいあるんだから戻るよ」
「ちぇっ。やっぱりダメか~。というわけで、残念ながら元の班に戻るね~」
蔵人くんのクラスメイトである盛沢君に引きずられながら蔵くんに手を振る。
「で、アッキーなんて呼んじゃって大丈夫なのかな?」
蔵人くんからそこそこ離れたところで、声をかける。
央守さんではなく、いつものように気軽にあだ名で呼びやがった元同僚の後輩を睨む。
昨年の入学式当日に突如何でも屋に抜擢されたという経歴の持ち主、盛沢圭吾。
昨年こそ違ったが、今年度からは蔵人くんと同じクラスになり、自分の正体にひとつも気づかない仔猫ににやにやしていたのに。
「今日くらいサービスしてもいいかなと思ってさ。木屋のやつ、全く気づくそぶりないし」
肩をすくめ、ちらりと蔵人くんに視線を向ける。
その仕草につられて、こっそりと伺うと眉間にシワを寄せまくりながらも作業に勤しむ姿が見えた。
「一応、まわりに気を配りなさね~とは軽く言ってるんですけどね」
今ので、このクラスメイトが私関係の何かであると察してくれるかは蔵人くん次第だ。
「甘やかしすぎ。そろそろ文化祭近いけど、仕上がりは大丈夫なわけ?」
「いやいや、私が仕上げなきゃいけないのはかさねくんだよね? 蔵人くんは関係ないでしょうに」
私が何でも屋を引き継いだのは、かさねくんであって蔵人くんではない。
「春先に周りが呆れるくらいの援護射撃してるくせに何言ってるんだか。しかも、今回にしたって、どんだけ甘やかしてるのさ」
「今日のことなら、蔵人くんだけのためじゃないし。ちゃーんと、私のためでもあるからいいんだよ。というか、盛沢こそ来年度何をおねだりするわけ?」
学校の裏方を請け負っている何でも屋と、一部の生徒会役員には学校から労いをこめて、特別な贈り物がある。
それは、任期終了年度に学校側へある程度のおねだりができるという内容である。
歴代の先輩らのお願い事を見る限り、私の今回のおねだりはかわいいものだと思ってしまうわけですよ。
ちなみに私の先代に当たる御仁は、どうしても弟子入りしたい人がいるから、その人がうんと言うまで家に通うので学校を長期間休むかもしれないけど、卒業はさせてくださいというものだった。ちなみに、実際に学校を休んだ期間は半年である。……学校側がどうようにして出席日数を操作したのかは、怖くて確認していない。
「秘密図書館への一日滞在の許可」
「うーわー。そこ、そこいっちゃうのか、盛沢ってば」
「オレが長いこと捜してる本がたぶんあるんだよね。だから、それを確認しに」
さらりと言ってるが、この秘密図書館ってのは、一般生徒及び教師にはその存在を知られていない学校の機密事項のひとつである。
私が現役時代に所持していた例の図面にも載っていない、秘密の場所である。
まあ、その図面を見る限り、確認しているだけで学校には秘匿されている場所が5か所存在している。どんな秘密が眠っているのやら。
家から一番近いからとたまたま選んだ学校が、こんなにも面白いとは人生って何があるのか本当に分からないものである。
「許可出るといいね」
難易度の高いおねだりを考えている後輩にささやかなエールを贈る。
「そこにさ、どうしても中身を見てみたい本があるみたいなんだよねー」
「盛沢の事情なんかに関わりたくないから、それ以上語ってくれるなよ」
「そう? アッキーなら大丈夫と思って誘ったんだけどって、準備できたみたいだよ」
盛沢に促されて視線を向けた先で、石居さんと女子数名が頷いていた。
「お。皆、手際がいいね」
「それだけ王子が慕われてるってことだろうね。アッキーの計画を聞いた時、全員がほくそ笑んだのは見物だったよ」
それは、私も直に見たかったかな。ノリのいいクラスで助かります。
周りも準備万端なので最後の仕上げに、教壇で生徒の作業を見守っていた教師に合図を送る。
打ち合わせ通りに蔵人くんを教壇近くまで呼びつけてくれて、こちらのスタンバイが終わるまで話をして気を引いててもらう。
その間に、クラスメイト全員で最後の仕上げに取り掛かる。
「よし。準備オッケーです。先生、ありがとうございました! 蔵人くん!!」
パンと、手を打ち鳴らし、名前を呼ばれた蔵人くんがこちらを振り返ると同時に、
「「「「「誕生日、おめでとうっ!!!!」」」」」
私とクラスメイト全員で蔵人くんへ、お祝いのことばを贈る。
教室のど真ん中には、白いクロスのかけられたテーブル。その上に所狭しと並べられてるのは、さっきまで皆で作っていた手料理の数々。
一際存在感を誇る三段重ねのケーキは石居さん率いるファンクラブの渾身の一品だし。
調理実習のレベルをはるかに越えた山盛りのローストビーフと豪勢なサラダには学生食堂職員一同を書かれた札。……おばちゃん方、私は昼食後なので軽くていいって言ったんですけど、どんだけ蔵人くんラブなのさ。
「は? え? これ、何事ですか??」
突然の出来事に固まってる蔵人くんに近寄り、主役のためと用意された席へと誘導する。
「今日って、君の誕生日じゃない?」
そう、9月14日は蔵人くんの誕生日である。
二年生のクラスに乱入すると決めた時に、この日にしようと計画してたのである。
「さ、主役は楽しくみんなに祝われなさいな」
そして、クラスメイト全員のおめでとう攻撃を受けながらも、蔵人くんは皆が用意してくれた料理を美味しく頂いてくれた。
皆に囲まれてわいわいする蔵人くんを、少しだけ離れて見守っていると六時限目は手空きだったのか渡来先生がグラス片手に近寄ってきた。
「お疲れさま。上々の出来で大満足でしょ?」
「はい。先生にも協力いただいて、いい一日になりました」
クラスメイトと騒ぐ蔵人くんを眺め、渡来先生がふふっと笑みをこぼす。
「昨年は氷結の美少年って呼ばれてたのが嘘みたいにじゃれてるわね。誰かさんのおかげかしら」
「いやー、あれはご本人が頑張ったからですよ」
私がどうとかではなく、蔵人くん自身が変えたいと思って行動したこそ、今の彼がある。
本当に素敵な彼氏さんに成長したものである。
「あとは、文化祭をどう乗り切るかでしょうね」
「そうですね。まあ、それは蔵人くんだけでなく、ここにいる子全員に振り掛かる火の粉ですから」
「今日は味方として最大限の行動力を見せた央守さんが敵に回ると知ったら、あの子たち慄くでしょうね」
いえいえ。私なんて、雑魚ですよ。
彼らの前にそびえるラスボス様は、私なんで目じゃないくらいの行動力もってますからね。
「そういう先生も、こっち側ですよね?」
「あらあら。まだ一部にしか情報を出してないのに、さすがに耳が早いわね」
……首謀者のひとりから全貌をきいてしまってますからと、小さく呟いておく。
「では、先生。そろそろ私も向こうの輪に入って、同級生の彼氏に絡んできますね」
渡来先生のいってらっしゃいの声に背中を押されて、蔵人くんの所に駆け寄る。
放課後のチャイムが鳴り響くまで、今日という日を蔵人くんと過ごせて、ご満悦だった私は最後に蔵人くんに囁く。
「なんだかんだで先輩呼びのまんまだった件については許してあげるけど、私が卒業するまでにはどうにかしてくれるよね?」
「…………善処します」
と、返事が前とまったく同じなのはどうなのだろうか。
今日という日に、勢いで呼んでくれないかなーと期待していたのに、全くうちの彼氏は手強い。
さて、蔵人くんが私を先輩呼び以外をしてくれるのは、一体いつになる事やら。
次は文化祭の話です。
先輩方が大暴れします。




