金木犀の季節に仕掛けられた魔法は仔猫を襲う~後篇~
一時限目の授業が終了し、渡来先生が教室を出るとのとほぼ同時に、私は目当ての生徒が座る席へと移動する。
「失礼。石居さん、少し貴女の時間を頂戴してもいいかな?」
次の授業に向けて教科書を丁寧に整理していた、とある女子生徒へ声をかける。
「あら。木屋くんのところへ行かなくてもいいんですか?」
こちらへの態度には予想通り棘があるが話は聞いてくれそうなので、そのまま用件を済ませてしまおうと彼女の前の席に座る。
蔵人くんのクラスメイトでもある、石居幸香。
決して好意的ではない視線を向けてくるつり目がちな瞳、肩まで伸ばした髪はゆるくウェーブしていて彼女が首を傾げるだけで、艶やかに揺れている。
副会長には負けるが、間違いなく美少女にカテゴライズされる生徒の一人である。
「まずは、貴女へのご挨拶が先だと思ったので。……ね、木屋蔵人非公式ファンクラブの二代目会長さん?」
後半部分は、彼女のためにそっと声を潜める。
「貴女達からしたら、私の存在は面白くはないでしょうが、今日という日を快諾してくれてありがとう」
「……ふん。貴女のためじゃないですから。すべては木屋くんのためですし」
ぷいっと、顔をそむける仕草も、彼女ほどの美少女がするとただの目の保養でしかない。
眼福、眼福と私が心の中で唱えているとも知らず、彼女がファンクラブの会長と知っている面子が遠目にざわついているのに、苦笑してしまう。
女の戦いでもしてると思ってるのだろうか。
いやー、どう転んでも私のキャラ的に無理なんでご心配なく。
「それでもこちらとしては大変助かったので、こうしてお礼を言いに来ました。今日一日は、クラスメイトとしてよろしくお願いしますね」
嫌いな相手に協力をしなければならない業腹な状況だというのは重々承知。だからこそ、とある交換条件を彼女達には掲示しているのだ。
「もちろん、先日の取り決めに二言はありません。貴女には文化祭できっちり、」
「ダメですよ」
石居さんが文化祭の話をしようとしていたのを、人差し指を自分の口元にもっていき制す。
「内緒の話っていったじゃないですか、今は、黙って仲良くしてください」
こんな人の多いところで、文化祭の話はやめてほしい。
彼女に伝えた情報は、かなりの極秘事項なのだから。二年生で知ってるのは、彼女を入れても5人に満たない筈だ。
今日の件で交渉しする際に掲示してもいいですかって、会長にお伺いしたら、かなりしぶられたんだよね。
「そうですね。今は、黙って仲良くしておきます。……ところで、木屋くんの表情がとんでもないことになってますけど、本当にあちらに行かなくていいんですか?」
目の前の敵の存在も気になるが、視界に入ってくる蔵人くんも気になるらしい。
彼女の言葉に導かれ、こっそりと目を向けてみる。
そこには、眉間に皺を寄せこちらを親の仇の様に睨みつけている蔵人くんがいた。
うん。なかなかに素敵な顔付きである。
きっと、休み時間になったら私が寄って来ると思っていたのに、自分のとこには行かずに、なぜかクラスの代表格の女子生徒のところに行ったのがお気に召さないらしい。
「あんな顔しちゃって、気になるなこっちに来ればいいのに」
寄ってきたいのは山々だけど、理性が少しだけ働いて私の行動を優先してくれた気持ちは大変ありがたい。
が、その表情はアウトだな。下手な意地をはるくらいなら、きっちり表情まで取り繕わないとダメだろうに。
「今日は、普段は教室では見せないであろう表情を引きずり出してやる予定なんで、石居さんも楽しみにしといてくださいね」
蔵人くんの表情筋を計画通りに動かせて、してやったりとほくそ笑む。
「…………程々にしておいてあげてくださいね」
ぼそりと、できればもう少しかわいい表情がいいんですけどと、石居さんが小さく呟いていた。
……十分アレもある意味かわいい顔だと思うのだが、彼女には不服だったらしい。
美少女のリクエストには応えたいが、これからの展開を思い浮かべて、無理かもしれないと思いそそくさと席を立った。
「どういうことか、説明してください」
二時限目の授業が終了し、蔵人くんが私の席に近付いてきた。
他のクラスメイトは、気を利かせているのか面白がっているのか分からないが、私たちの様子を遠巻きに見守ってくれている。
机に頬杖をついて蔵人くんを見上げる。
眉間の皺がすごいことになってるが、あえてスルーして会話を続ける。
「いいよね。こうして休憩時間になったら、すぐに会えるのってさ」
授業と授業の間の休み時間はたったの10分。余程の大事な用件がない限りは、他学年のクラスの顔を出すことはない。
いつもは蔵人くんに会えるのは、昼休憩や放課後に限られている。
「……そりゃ、今は、同じクラスですから」
「しかも、授業中に視線を巡らせば蔵人くんの姿が確認できるし」
窓の外を覗いて、たまに蔵人くんが体育で頑張っている姿を目撃したことはあるけど、同じ教室で授業中の姿を見れたのは今日がはじめてである。
私という邪魔者がいるにも拘らず、きっちり授業には集中して、真面目に勉強している姿をこっそり眺めていましたとも。
「……視線を何度か感じました」
まあ、あれだけ眺めてたらバレバレだろうと思ったけども、嬉しくてついつい目を向けてしまうのだから仕方ない。
「少しはこっち向いてくれてもいいのに」
恥ずかしくてできなかったんですよ、と小さく呟く蔵人くんに笑ってしまう。
かくいう私も、板書を書き写すために、前を向いた時に少しだけ視線を感じた時はなんとなく面映ゆかったりしたけども。
自分の胸元へと視線を落とし、今日のために顔見知りの後輩に借りた二年生を示す緑色のタイを指でいじる。
「君が言ってたじゃない。私と同じクラスならって想像したって」
――――たまに、先輩ともしもクラスメイトだったらって想像しちゃうんですよね。体育祭とか、修学旅行とか、すごく楽しいだろうなって。
といって、夏休み前に見せた、あの淋しそうな横顔。
「修学旅行とかはさすがに無理だからね」
「だからって、どんな手を使って……」
「言ったじゃないか。たった一度きりの魔法を見せてあげるって」
卒業する前に、限られた生徒がたった一度だけ行使できることのできる特別な権利。
その権利を思う存分行使して、私が仕掛けた特別な魔法がかかった日。
でも、魔法の時間はたったの一日。だったら、今しか楽しめないこの時間を大いに楽しもうじゃないか。
さっきの石居さんへのご挨拶で、準備は完了である。
「たった一日だけどさ、今日は同級生の私との学校生活を大いに楽しんじゃおうよ」
同じ教室で話したり、授業中にこっそり視線を交わしたり、特別教室へ行くのに仲良く並んで移動したり、今日しかできないことはたくさんある。
ねえ、蔵人くん。知ってるかい?
君のためっていいながらも、これって結構私にとっても美味しいイベントでもあるんだよ。
「ね?」
なんともいえない表情の蔵人くんに向けて、私は微笑む。
「朝、いきなり先ぱ……ぃ、が教室に登場した時の衝撃は、きっと忘れられない思い出のひとつになりそうです」
「君のあの驚きようも、いい語り草だと思うけどね」
あの、あんぐりと口をあけて茫然とした顔は、当分クラスでからかわれるだろうとしのび笑う。
「それに、早く私の呼び方となんとかしないとね?」
さっき、先輩とほぼ呼んでいたのはノーカウントにしてあげよう。
蔵人くんが、くっと口元をひきつらせると同時に、次の授業の開始のチャイムが鳴り響く。
「さ、授業が始まるよ」
楽しみにしておくねと、席に戻る蔵人くんの背中に声をかける。
チャイムが鳴るギリギリまで、こうして話せるのも、同じ教室にいるからできることのメリットだろう。
いつもなら、お互い移動する時間があるからと、チャイムが鳴る数分前に解散してしまう。
君だけじゃない、私だって思ってるさ。
――――同じ学年の、同じクラスならもっと一緒にいられるのに。
普段そんなに会えないからこそ、会える時間の貴重さを理解して、一緒にいられる時間を人より大事に感じているさ。
でも、それでも、会いたいって、もっと傍に居たいって思ってしまうのだから、キリがない。こんな感情を持て余してるなんて、自分でも予想外過ぎて、蔵人くんに伝えきれていないのだけど……。
――――君も同じ感情を抱いていればと、希う。
四時限目も無事に終わり、視聴覚教室から移動する。
蔵人くんと肩を並べて廊下を歩くのは何度も経験したが、こうして同じ教材を抱えてというのははじめてで、こっそり胸をときめかせていると、
「そういえば、大人しく授業を受けてますよね」
なぜか、蔵人くんに軽くディスられた。
「……うん。君が私をどういう目で見ているのかがよく分かる発言だね」
私だって、授業は真面目に受けるものだという常識は知ってますが。
それとも、いきなり授業中に暴れだすような女に見えるわけですかい。
「クラスの皆の心を代弁したまでですけど」
可愛い仔猫ちゃんが、こちらに胡乱な眼差しを向けてくる。
いや、今のは明らかに皆ではなく、君の心を代弁してたよな?
t……甘いな、蔵人くん。
ふっと、口元に笑みを浮かべて生温かい眼差しを向けておく。
「ちょっと、なんですか、その不敵な笑み? ……まさか、何か企んでるんですか?!」
「本当にさ、君の中で私って人間はどういうことになってるのかな?」
同級生として歩くというシチュエーションに、珍しく胸を高鳴らせていた乙女な雰囲気を返せ。
実は、あそこ甘い雰囲気に持ってける所だったんだけど、ぶっ潰したの君だからな。
私からの質問への解答はせずに、曖昧に笑う蔵人くんを睨みつける。
「まあ、いいんだけどね。さて、食堂にたどり着いたことだし、ランチにしようか」
腹が減っては戦はできないし。
ふん。追撃を免れたと油断しとくがいいさ。
「そろそろからくりを教えてください」
デザートの珈琲ゼリーを堪能していると蔵人くんが真面目な顔でこちらを見ていた。
「んー。きっと、蔵人くんは変に気にしちゃうから、今日という日が終わるまで聞かない方がいいと思うよ?」
「僕が心配するような内容なんですか?」
「心配っていうか、うーん、どうなんだろう……」
副会長は、苦笑してた。
会長は、央守さんらしいねと同じく苦笑していた。
先生方はそうくるかとげっそりしてたかな。いえいえ、例のお二方より可愛い案件だろうに。
お世話になった先代なら、きっと、爆笑してくれるだろう。
そして、蔵人くんは、どんな顔をしてくれるのだろうか。
できれば、そう、笑ってほしい。
「まあ、放課後の下校のチャイムが鳴るまでは魔法は解けないわけさ」
「は?」
「私からのネタバレはしないので、後日、知りたければ自分で調べちゃいなよ」
生徒会に所属する君なら、うまいこと調べたら気付くであろう。聞く人を間違ったら、正解にはたどり着かないかもしれないども。
「今日は黙って、私がかけた魔法をしっかり楽しむのが、君の役目」
今日だけは同級生の彼氏さんに、微笑みを向ける。
「もちろん、私とね」
だってこの魔法は、君のためでもあり、私のためでもあるのだから。
次話で、魔法のネタ晴らしを絡めた秋話のエピローグです。




