金木犀の季節に仕掛けられた魔法は仔猫を襲う~前編~
サブタイトル変更しました。
「央守さん、ちょっといいかしら」
二学期初日のHRが終わり、小腹も空いたことだし学食で一息つこうと席を立つと、聞き慣れた声に呼び止められた。
「副か……えーっと、明石さ、ん……なんでしょうか?」
「いい加減、苗字で呼ぶことに慣れなさいな。しかも、なんでそんな不服そうに呼ぶのかしらね?」
二学期に突入したが、このお方はまだまだ副会長であり何でも屋代表でもある。だが、私が正式に何でも屋を引退してからは、苗字で呼びなさいと厳命されている。……このままだと卒業するまで呼び続けると、危惧を感じたらしい。ちなみに副会長だけでなく、生徒会長のことも苗字で呼べと仰せつかっております。
――いいんだ。心の中では、ずっと副会長って役職で呼んでやるんだから。私の心の中までは、強制できないもんね。
「何か、いらないこと考えてるわね、その顔は。正直に言いなさい、怒らないから」
「いえいえいえいえ、そんなことはないですよ? ……で、何用ですかい」
副会長は追及したそうだったが、さっさと話題を変えるにこしたことはない。藪蛇になるのは間違いないもんね! 正直に言ったら、絶対に怒られるに決まってるじゃないか。
「例のあなたが申請したアレ。無事に企画が通ったみたいね」
「よく御存じで」
「あそこまで完璧な企画書を出されたら、先生方もOKを出すしかないと悔しがっていたわよ。しかも、職員会議の場で大人顔負けのプレゼンをして、校長先生に絶賛されたそうね。……どこの会社のやり手社員にご助力を願ったのかしらね」
うわぉ。さすが我らがリーダー様兼、副会長様。
うちの兄貴に色々と手伝ってもらったのもバレバレですかい。
受験勉強の息抜きという名目で、仕事だけは無駄にできる兄貴に企画書の作成や、プレゼンのやり方などをご教授いただいたんだよね。いい勉強になりました。
雅さんも巻き込んで、立ち居振る舞いなどのご指導をいただきましたから。
「決行日には私も参戦させていただく予定だから、その日は一緒に楽しみましょうね?」
ふふっと、楽しそうに笑う副会長に思わず戦慄する。
……ど、どこのクラスにお邪魔する気だろう。
というか、本当に情報のキャッチが早すぎですよ? まだ生徒への告知はしてなんですけどね。
「ところで、会ち……く、黒岩居くんと何やらデカいこと企んでるらしいですね。文化祭あたりで何をやらかす気かお聞きしてもいいですか?」
私の企み事も、もちろん大事なことなんだけど、とある筋より入手した情報の真偽に関して、ついでに確認してみる。
引退はしたが、まだまだ報道部という太いパイプを持つ鈴鹿女史にも探りを入れたが、ガードが堅すぎて全貌が見えないと白旗を揚げていた。というか、その情報こっちが欲しいくらいだわって逆に切れられて、同じ何でも屋のよしみでも使って直接聞いてこいとか言われるし。
それならばと、ご本人らにダメ元で確認してみようではないですか。……いらないことをきいて怒られるのは慣れてますからね。
「あら。相変わらず情報が早いわね。何でも屋をさっさと引退したくせに、どこの目や耳を利用したのかしらね?」
おおう。
……さりげなく一学期で引退決めたことについて嫌味を言いやがりましたね。にこやかにお疲れ様って言ってくれたくせに、実は根にもってやがりましたね?
「秘密でーす。でも、蔵人くんやかさねくん関係じゃないのは確かですよ」
一応二人のためにフォローをしておく。
ただ、今現在の情報をみるかぎり、彼らは大きな荒波に巻き込まれる可哀想な面々のひとりであろう。頑張れ、後輩たち。敵は強大だ。
「まあ、いいわ。あなたも勿論、参加してくれるんでしょう?」
「その前にいい加減隠してないで、何をしでかす気なのか全貌を教えてくださいよ」
ある程度は分かっているが、聞けば聞くほど本当にこの企画って許可が無事に出るのかと恐れおののいているのだけど……。
「あら。あなたの掴んでる情報でほぼ間違いないわよ?」
にっこり微笑んで、副会長が内容を掻い摘んで話してくれる。
…………うわああああああああああぁぁ。
マジで、情報通りだった。嘘とかホラとか、尾ひれや背ひれなんだろそれ、大概盛り過ぎだろうと思っていた情報が全部本当だった。
え?
本当に、本気でこんな大それたことやるつもりなんですか、あなた方?
全てが事実だというのならば、私の返事は決まっています。
「もちろん、参加します」
こんな面白そうなイベントに参加しないわけないでしょうよ。
校長先生を含めうちの教師陣ったら、よくこの最恐コンビの暴走を許したな。この二人が本気出したら、どうなるんだろうと常々思っていたけど、ついに目の当たりにすることができるのか。
「私のポジション的に、一般参加か……隠し扱いでしょう? たぶん、私の所に来るのって、かわいい乙女たちでしょうから」
内容を鑑みて、自分の立ち位置を考える限りそれがベストであろう。
副会長も苦笑いをする。
「そうなるかしら。彼氏がモテると大変ね。……了解。詳しいことが決まったら、改めて連絡するわね」
「はいな。続報を静かにお待ちしてますよ」
今年の文化祭の台風の目の存在に、文化祭運営委員と次代を担う新部長らや、生徒会の一、二年生はいつ気づくのだろうか。
たぶん、どうにもならない状況になって気づくように仕向けるんだろうな……。
さぁて、生徒会の世代交代が行われる節目の文化祭。
次の春に追い出される先輩たちが仕掛けるとんでもない企てに、後輩たちはどんな風に抗ってくれるのかな?
大変楽しみではあるのだけども、取りあえずは自分の方の心配をせねば。
「央守さんの方は、いつが決行日なのかしら?」
副会長の問いかけに、
「14日。来週ですね」
9月14日。
それは、私にとって特別な日。
――――愛しの彼氏のために、とっておきの魔法を使わせていただきますか。
9月14日。当日の朝。
職員室の前には、この日のとあるイベントに参加するべく名乗りを上げた三年生が12人。その中には、副会長だけではなく、なぜか生徒会長もいる。
「……うわぁ。何、参加表明してやがるんですか」
「いや、せっかく央守さんが面白そうな企画立ち上げたからさ、乗ってみようかと思ってね。こんな機会がないと学年の枠なんて越えられないだろう?」
「まさか、かさねくんのクラスとか言わないですよね?」
「ん? そこにお邪魔するのは真維だね」
――――マジか!?
私の怯えるような視線に気づいたのか、副会長はうふふとご機嫌に手を振りかえす。あ、あの顔は私以上に何かしでかす気だ!
かさねくん、逃げてー!
とんでもない刺客が君のクラスに行ってしまうから!!
「さて、央守さん。そろそろ教室に行きましょうか」
本日一日お世話になるクラスの担任である、渡来先生が声をかけてくる。
「はい。今日一日、宜しくお願いします。色々と便宜を図っていただいて、ありがとうございました。あと、無理を言って本当にすみませんでした」
ぺこりとお辞儀をして、かなりの協力をいただいたことへの感謝とお詫びを伝える。
「いいのよ。気にしないでちょうだい。頭の固い連中はいい顔しなかったけど、私を含め面白いと思ったからこそ通ったイベントよ。しっかり満喫しなさい」
主に女子生徒たちに秘かに姉御と慕われている、渡来先生は口元に笑みを浮かべ教室へと足を進める。
慌てて続く私の姿を肩越しに振り返りながら、さらにその笑みを深める。
「さあて、うちの王子様はお姫様の登場にどんな顔をして出迎えてくれるのかしらね」
「……いやぁ、姫とかって柄じゃないんで、その例えは勘弁してくださいよ」
じゃあ、なんなんだと言われると、答えに大変詰まるので回答は控えさせていただこう。
「では、先生。お手数ですが、手筈通りお願いします」
教師と生徒。しかし、今の私たちの関係は共犯者でもある。
「任せてちょうだい。一時限目は私の授業だから思う存分、最初から飛ばしていいわよ」
本日、一日だけお邪魔するとあるクラスの扉の前に立つ。
上にかかるクラスを示す札には『2-D』の文字。
先生が先立って教室に入るのを、扉の外で待機して見守る。
扉は開けっ放しだったので、廊下側の一番前の席に座る生徒と目が合う。
その男子生徒は目を真ん丸にしてこちらを凝視していた。この子は確か、昨年の某コンセプトカフェで支配人をしていた子だな。そっか、今年も同じクラスだったのか。
私は口元に人差し指をあて、静かにしててねとお願いをする。
コンタクトではなく、今年も安定の眼鏡姿をキープしている男子生徒は、私とクラスの奥にいるであろう、ある人物に交互に視線を向けて、何事!?っと一人混乱している。
「はい、皆さん、おはようございます。本日はちょっとしたお知らせがあるわよ」
教壇では渡来先生が、朝の挨拶や伝達事項を爽やかに済ませて前振りを始めていた。
「本日は、各クラスにひとり、上級生がお邪魔する特別仕様になってるの。進路活動の一環として、教職や保育士などを進路として考えている生徒を中心に、他学年の授業では普段どんなことをしてるのか実際に体験してもらうわけね」
先生は教室の一番後ろ、この日のためだけに用意された、誰も座っていない机と椅子を指し示す。
「転校生だと朝から騒いでいた子は、半分だけ正解ね」
そろそろか出番かなと、心の準備をする。
学校というものに通い始めて、早10年。そういえば、転校とかそういうのは経験したことなかったなと思う。漫画やドラマだけでしかない、こんな場面。いざ自分がしなさいといわれると、鋼の心臓をもつとよくからかわれる私ですら、緊張してしまう。
「一日だけの特別な編入生ね。さ、お待たせ。入って来てもいいわよ」
お呼びがあったので、ひょこっと教室に入室する。
教壇の近くに立つのと同時に、クラス内をざっと見渡す。
眼鏡くん含め、何でも屋として絡んだ生徒がちらりほらり。
女子生徒にはごく少数だが、睨みつけられるのは想定済みなので問題はない。うちの彼氏さんは人気者ですからねー。
多くの生徒は、あの人ってあれ、だよな……という奇異の視線を、私と、もう一人。教室の窓際、最後列という特等席に座る人物に向ける。
「はじめましての方が多いと思うので、挨拶させていただきます。3-D所属の央守明子です。特に部活動には参加してませんでしたが、たまに助っ人として色んな部活に顔を出してたので、見たことある人もいるんじゃないかと思います」
栞や和子が見たら、どんだけ猫をかぶってやがると罵られるくらい大人しめのごくごく普通の挨拶で第一声を飾る。……いや、さすがに私でも最初からそんなにとばせないからね。
「今日一日だけですが、こちらのクラスに特別にお邪魔させていただきます。今日だけは、先輩ではなく同級生という形で接していただけると嬉しいかな」
普段は、王子様や美青年だともてはやされている人物は、その顔でそんな表情したらダメだろうというくらいぽかんと大きく口を開けて呆けている。
周りに座るクラスメイトらが、見たことない彼の様子にざわついている。
……あそこまでのボケた顔は私もはじめて見るな。あーあ、かわいい顔が台無しになってるぞー。
予想以上の反応に、かぶっていた猫をそうそうに剥いで、口元に邪悪といつも恐れられる笑みを浮かべる。すぐ傍にいた先生は、私の発した黒いオーラを感じても、あらあらと笑顔でスルーする。うん、このお方も、エスかエムでいうとエス寄りの人に違いない。
「まあ、そんなわけなんで、今日一日よろしくお願いします」
蔵人くんへの個人攻撃は、ちょっとだけ我慢して、本日お世話になる皆様にきっちりご挨拶をする。取りあえず一区切り済ませたので、先生の方へちらりと視線を向ける。
「さて、もう少し時間があることだし、ちょっとだけ質問タイムといきましょうか。いいわね、央守さん」
「別にかまわないですよ、ってことで、遠慮なく質問どうぞー」
私のくだけ具合に、クラスのお調子者枠であろう男子生徒が元気よく手を挙げて質問してくる。
「央守先輩は、」
「あ。駄目駄目。やり直しー。お願いだから、せっかくなんで先輩呼びはなしでよろしく」
「りょーかい。じゃあ、改めて……央守さんがこのクラスを選んだのは彼氏がいたからですかー?」
おやおや。最初からパンチの効いた質問じゃないか。
「いいね、その最初からあけすけな感じに敬意を示して教えてあげよう。その通り!って言いたいんだけど、担任が渡来先生なのも理由の一つだね。私が一年生の時の担任だったツテもあり、快く私がこのクラスに編入するのを受け入れてくれたわけ」
その節はどうも、と軽く先生に会釈をする。
「はい! じゃあ、央守さんと木屋くんがお付き合いを開始したのっていつからなんですか?」
私の軽い言動につられ、女子生徒も質問を投げかけてくれる。
「えーっと、正式に付き合いだしたのは、」
「なにしゃべってるんですかああああああああああああああっ!!!!!!」
と、ようやく現実を受け入れたのか、蔵人くんが雄たけびをあげて私の発言の邪魔をしてきた。
「やだ、木屋くんってば、何を叫んでるのかな。君と私が付き合ってるのは周知の事実じゃないか」
「こんな公の場でいうようなことじゃないですよね!? 先輩には恥じらいってものがないんですか!」
「はい、アウトー」
「木屋、駄目だぞ」
「木屋くん、空気読んであげて」
蔵人くんのセリフにクラスメイトたちから、次々とダメ出しが飛んでくる。
……ノリのいいクラスだな。
ちなみに、私にも恥じらいとかけじめとかいう心根くらいあります。ちゃんと下の名前でなく、苗字で呼んでるだろうが。
「さっきお願いしたじゃない。今日一日は、先輩って呼ばないでねって」
うっと、口ごもる蔵人くんに何も知らないクラスメイトらは、さらに追い打ちをかける。
「先輩なんて、堅い呼び方してやるなよ」
「そうそう。いつものように呼んであげなさいよ」
「え、いつもって下の名前とかで呼んじゃってるのかな」
「マジで? 明子さんって? なんともいえない響きだよな、それ」
はっはっはっ。
知らないって残酷だよねー。少年少女よ、夢を見るのは大いに結構。
だがしかし、現実とはそんなものではないのだよ。
「さーて、木屋くん。いつものように呼んでもらって構わないよ? あ、そうだ。私も教室ではあれかなって思って、苗字で呼んでたけど、どうせなら蔵人くんっていつも通り呼ぼうか?」
分かっていて、そんなことを言う私を蔵人くんはぎりぎりと睨みつける。
おーい、麗しいお顔が崩れてるぞー。横に座る女子が、あまりの顔面崩壊具合にビックリしてるじゃないか。
そう。
バレンタインからお付き合いをはじめて、半年以上。
――――実は、「先輩」呼び以外をされたことないんだよね。
その事実に気づいた時に、軽く衝撃を受け蔵人くんに抗議を一度したのだけど、善処しますとかいう曖昧な返答されたんだよね。
勢いで名前とかで呼んでくれるかなと、期待して見守っていると、タイムリミットを告げるチャイムが無情にも鳴り響く。
蔵人くんの様子を伺うと、ほっと胸をなでおろしている。
惜しい。もう少しだったのに。
私も副会長や会長の件があるので、呼び方についてあれこれ強気で言わなかったけども、今日という日を最大限利用させていただきますよ?
「あらあら。時間がきちゃったわね。はーい、一時間目始めるわよー。央守さんの席は、空いてる一番後ろの席ね。教科書とかは、一通り貸出してるから大丈夫と思うけど、足りないようなら隣の人に見せてもらってね」
分かりましたと席に向かう途中、蔵人くんへと視線を向けて、ふふんと笑いかけてやる。
さーて、蔵人くん。
予告していた、特別な一日ははじまったばかり。
――――覚悟はいいかい?
秋の話はまだまだ続きます。