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悶々

それでも時間は過ぎていく。仁哉のところには和由を引き取ってほしいという連絡はない。もう兄のことで連絡はしないでほしいとあの日、警察で伝えたからだろう。和由が退院したのかまだ入院しているのかわからない。つとめて考えないようにした。そうして時間が仁哉の精神状態を元に戻していく。何もなかった。和由といた時間なんてほんの数日だ。夢だったと思おう。悪夢だったというだけだ。


考えないようにしよう、もう終わったことだ、と心の中で呟きながら仕事からの帰り道を歩いていた。

あまりに「考えないようにしよう」ということを考え過ぎていたのか、「佐藤さんですか?」という声にも気付かなかった。

「佐藤さんですよね?」

仁哉は突然の声にびっくりして立ち止まった。

「あ、すみません。佐藤仁哉さんですか?」仁哉が目をやると、男が立っていた。仁哉よりも少し年上だろうか。真面目そうな風貌の男だった。

「あ・・・はい」仁哉は戸惑いながらも頷いた。

「突然すみません。私、東東京総合病院でソーシャルワーカーをしている小林といいます。佐藤和由さんのことでお話があるんですが」

和由という名前が出た瞬間、仁哉の心臓は大きく打った。


「なんで僕のことを知ってたんですか」仁哉は小林という男を部屋に入れた。路上で声をかけられ疑いもせずに部屋に入れるなんてどうかしてる、と冷静に考えながらも彼には人を信用させる何かがあった。少なくとも仁哉にはそう思えた。

「お兄さんから写真を見せてもらったことがあるんですよ。」小林はそう言ってお茶に口をつけた。

「兄のことって言ってましたよね」

「ええ。実はお兄さんから預かったものがありまして」小林は封筒を仁哉に差し出した。

「なんですか・・・?」仁哉が恐る恐る封筒を手にとるとずっしりとした重みを感じ、その瞬間言葉を失った。

「3日前くらいでしたか、お兄さんがうちの病院に来たんです。その封筒を持って。聞けばお兄さんはしばらくの間、仁哉さんのお家で暮らしていたそうで。その時のお礼と今までのお詫びだそうです。」

「・・・こんな大金どうしたんですか」仁哉は何が起こっているのかさっぱりわからず混乱していた。

和由が身元不明で保護された時だって所持金はなかったはずだ。それなのにどこで手に入れたのだろうか。

「仁哉さんはお兄さんがそれまでどうしていたとかご存知ですか?」

「いえ、僕にとって兄はもう死んだものと思っていたので・・・」

「そうでしたか」

そう言って、小林は話を始めた。

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