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暴走

仁哉は人を殴ったことがない。あるとしてもそれは幼少時代のことで覚えていない。とにかく自分が覚えている限り、取っ組み合いのけんかというものをしたことはなかった。和由ともそうだ。話すことがほとんどなかったのだからけんかになることもなかった。

今まで何度もけんかをしたことがあるような、けんか慣れをしていればどのくらいまで殴ると人の命に関わるか、とかはなんとなくわかりそうな気もするが仁哉にはそれがわからなかった。そしてわからない状態で和由に毎日のように暴力をふるっているといつか本当に死んでしまうんじゃないのか。それが仁哉は怖かった。だから今日は和由のことを殴らないようにしよう。無視をしていればいいんだ。そう心に決めて家に帰っても、部屋で横になっている和由が目に入るとだめだ。何かに取り憑かれたかのように和由を殴る。殴ったからってすっきりなどしない。落ち着きもしない。後に残るのは激しい疲れと後悔だけだ。


「いい加減、記憶は戻ったんじゃないのか」仁哉は息を切らせながら聞いた。

「いえ、まだ・・・」和由は今さっき頬についた傷跡を押さえながら呟く。

「このままじゃ、俺はお前を殺してしまうかもしれない。お願いだから出ていってくれ。」そう言いながら仁哉の涙があふれてきた。俺は普通に生きてきた。これからもそうやって生きると疑わなかった。たとえ家庭に問題があろうと仕事にはそんなこと持ち込まないし、穏やかに毎日を送っていければよかった。それが自分の傷に蓋をしているだけだとしても波風を立てずに生きると思っていた。それなのになぜ、実の兄を毎日殴っては後悔し、しまいには泣いている。

「お前がいなければ・・・帰ってこなければ、俺は普通に生きていけたのに」

仁哉が涙を止めようとすればするほど意に反して涙が止まらなくなった。なんで泣くのかわからない。


あふれる涙を止めようと下を向いて目を閉じていると、ふわっとしたものが目に触れた。


「ごめんなさい。本当に、今まで・・・」

和由がティッシュで仁哉の涙を拭いていた。

顔は傷だらけで目が腫れ上がっている。その顔が目に入った途端、仁哉はまた抑えられない怒りが込み上げてきた。

「俺に触るんじゃねぇ!」

仁哉は再び和由の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。


その時だった。

パトカーのサイレンが近づいてきて、家の前で止まった。

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