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記憶

「仁哉?どうしたの急に」

電話口から母の声。

「どうしたとかよく言ってられるね」

仁哉は努めて冷静になろうとした。

だいたいこいつは今まで実家にいたはずなんだ。それなのになんで身元不明になんかなってるんだ。

「今、和由と一緒にいるんだけど」

仁哉は母の言葉を待たずに言い放った。

「え・・・?」

「警察から電話があったよ。身元不明だってさ。全身傷だらけで土手に倒れてたらしいよ。」

「・・・それで?」

「気になるの」仁哉はいらいらしていた。

「そういうわけじゃ・・・」

「あいつは母さんのとこにいたはずなんじゃないの?それがなんで身元不明で倒れてんだよ。

親だろうが。ちゃんとあいつのこと見張っとけよ!」

仁哉はだんだん声が荒くなっていた。なぜだかわからない。

とにかく仁哉は早く和由と離れたかった。ただそれだけだ。


仁哉が家を出たかったのは和由がいたからだ。そして両親のことも嫌いだった。

和由は両親の期待を一手に引き受けて育った。仁哉が生まれたころにはもう和由は小学生だったけれど、小学校も全国的に有名な私立小学校で成績も常にトップクラスだった。そんな和由は両親の自慢でもあった。

和由とは対照的に仁哉はほとんど手をかけられなかった。母親は和由の塾の送り迎えで家を空けていることも多かったし父親はいつも仁哉の寝た後に帰ってきていた。

和由もそんな期待に応えようとしていた。7歳下の仁哉から見ても和由は明らかに無理をしていたのに母親も父親も全く気付いていなかった。

母親は和由という自慢の息子をアクセサリーのようにみんなに見せびらかすのに忙しかった。父親は家のことには無関心だった。親じゃない。仁哉はそう思うことにしていた。親じゃない。ただ一緒の家で暮らしている人というだけだ。親じゃないから、子供のことを思うことをしないんだ。


はりぼての幸せが崩れたのは仁哉が中学を卒業する頃だった。


有名大学に進んだ和由が就職に失敗した。父親のコネがあるから確実に受かる。形だけの面接だからと言われた会社にも落ちた。それから和由のたがが外れた。

いわゆる引きこもり。和由は自分の部屋から全く出てこなくなった。正確に言うと、家族の起きている時間は部屋に引きこもり、みんなが寝静まった後に家を出ていた。そして帰ってこないこともしばしばあったけれどだいたい長くても2、3日で警察から電話が来て母親が迎えに行っていた。

それからというもの、母親はあんなに可愛がってどこにでも一緒に連れていった和由にまったく関心がなくなったようだった。仁哉の前で母親はいつも大きなため息をつきながら、つらい、苦しい、なんでこんなことになっちゃったのと泣いていたけれど涙は出ていないのを仁哉は見ていた。母親にとって和由は涙を流すほどでもなかったのだ。


仁哉は必死に勉強をした。大学に行くためではない。高卒で公務員になるためだ。

両親は大学に行ったら、と仁哉に勧めたけれどこれ以上親に援助をしてもらうことが嫌だった。どうしても自分で働いて自分で生活をしたかったのだ。とにかくこの家を捨てたかった。両親も和由も。


捨てたはずだった。横浜からほど遠い千葉の市役所に採用された仁哉はさっさと家を出ていった。その時のことはよく覚えている。高校の卒業式が終わって家に帰り、そのまま荷物をまとめて家を出た。空は青かった。でもこの日をあんなに待ちわびたのに、心はなぜか晴れなかった。仁哉の心はあの夏の日からずっと晴れたことがない。


その日はひどい熱帯夜で仁哉はなかなか寝付けずにいた。やっとうとうとし始めた頃、どさっと音がして目が覚めた。和由がまた家を出て行くようだ。


「なぁ!」仁哉は玄関で和由の背中に向かって怒鳴った。

「どうしてくれんだよ!目が覚めちゃったじゃんか!」和由が振り返って仁哉を見た。その瞬間、なんてくだらないことを言ったんだろうと仁哉は後悔したけれど同時に後には引けない怒りがわきあがった。

「もう二度と帰ってくるな!」

和由はずっと仁哉を見ていた。そして何も言わずにドアを開けていった。


その日から本当に和由は帰ってこなかった。

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