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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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第8話 あんた、私のこと好きなん?

 その日は、朝から雨だった。


 優斗は仕事を終え、施設を出たところでスマートフォンを確認した。


 美佐子からメッセージが来ている。


『今日は雨やからダンプ休みや』


 その下に、もう一通。


『暇やったら飯行くか?』


 優斗は思わず笑った。


『行きたいです』


 送信してから、少しだけ恥ずかしくなる。


 以前なら「分かりました」とだけ返していた。


 最近は、自分から「行きたい」と言えるようになった。


 それだけ、美佐子との距離が近くなった気がした。


 待ち合わせ場所へ行くと、美佐子は傘を差して立っていた。


「遅い」


「まだ時間前ですよ」


「今日は私が早かっただけや」


「そうなんですね」


 二人は近くの店に入った。


 雨のせいか、店内は空いている。


 窓ガラスを雨粒が流れていく。


「何食う?」


「美佐子さんと同じでいいです」


「なんやそれ」


「いつも美佐子さんが決めるので」


「お前、ほんま人任せやな」


 美佐子は笑いながら注文した。


 食事をしながら、いつものように他愛のない話をする。


 けれど、その日は少し違った。


 美佐子が何度も優斗の顔を見ている。


「……どうしました?」


「別に」


「さっきから見てますよね」


「見てへん」


「見てました」


「気のせいや」


 美佐子は目を逸らした。


 優斗は少し笑った。


「美佐子さん」


「なんや」


「最近、変じゃないですか?」


「お前に言われたないわ」


「どういう意味ですか?」


「お前も最近、変や」


「僕が?」


「前より私のこと見るようになった」


「……」


 図星だった。


 優斗は黙り込む。


「ほらな」


「……すみません」


「謝るな」


「はい」


 美佐子はため息をついた。


「なあ、優斗」


「はい」


「私のこと……」


 そこで言葉が止まる。


「……なんですか?」


「いや」


「?」


「なんでもない」


 それ以上は聞けなかった。


 食事を終え、店を出る。


 雨はまだ降っていた。


 美佐子が傘を広げる。


「入れ」


「ありがとうございます」


 二人で一つの傘に入る。


 自然と距離が近くなる。


 肩が触れそうになる。


 美佐子は少し離れようとした。


 しかし、傘が小さい。


「もっとこっち来い」


「はい」


 優斗が近づく。


 美佐子の肩に優斗の腕が軽く触れた。


 二人とも黙った。


 雨の音だけが聞こえる。


「……優斗」


「はい」


「お前、私のこと好きなん?」


 突然だった。


 優斗の足が止まった。


「……」


 美佐子も足を止める。


「答えろや」


「……」


 優斗は逃げようとした。


 でも、美佐子は目を逸らさなかった。


「私、六十四やで」


「分かってます」


「お前は二十三や」


「はい」


「四十一歳も違う」


「……はい」


「それでも?」


 優斗はしばらく黙っていた。


 雨が傘を叩いている。


 そして――。


「……好きです」


 小さな声だった。


 美佐子の表情が固まった。


「……ほんまに?」


「はい」


「冗談ちゃうんか?」


「冗談じゃないです」


「いつから?」


「分かりません」


 優斗は正直に答えた。


「気づいたら、美佐子さんと会うのが楽しみになってました」


「……」


「連絡が来たら嬉しくて」


「……」


「会えないと寂しくて」


 美佐子の目が少し潤んだ。


「だから……たぶん、好きなんだと思います」


 美佐子はしばらく何も言わなかった。


 やがて、苦笑する。


「……アホやな」


「え?」


「ほんま、アホや」


「……」


「こんな年寄りの女、好きになるなんて」


「年寄りじゃないです」


「六十四や」


「それでも、美佐子さんです」


「……」


 美佐子は顔を背けた。


 雨のせいなのか。


 それとも別の理由なのか。


 頬が濡れていた。


「美佐子さん?」


「見るな」


「はい」


「今、私の顔見たら怒るで」


「……分かりました」


「絶対見るなよ」


「はい」


 優斗は前を向いた。


 美佐子は俯いたまま、唇を噛んだ。


「……ほんまに、困った子や」


 胸が苦しい。


 嬉しい。


 でも、怖い。


 自分も優斗に惹かれている。


 それを認めてしまったら、もう元には戻れない。


 だから美佐子は、強がるしかなかった。


「今日は帰るぞ」


「はい」


 二人は再び歩き始めた。


 傘の中。


 その距離は、さっきより少しだけ近かった。


 だが美佐子の心には、優斗が告げた言葉が何度も響いていた。


『好きです』


 六十四歳の自分が、二十三歳の青年に愛される。


 そんなことが本当に許されるのか。


 美佐子には、まだ答えが分からなかった。

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