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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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第6話 あんたとおると楽やわ

 九月に入り、岸和田の暑さも少しだけ和らいできた。


 優斗は施設での仕事を終え、スマートフォンを確認した。


 美佐子からメッセージが届いている。


『今日、暇か?』


 いつもの短い文章だった。


 優斗は思わず笑う。


『仕事終わりました。どうしました?』


 すぐに返信が来た。


『飯』


『分かりました』


『十分後、いつものとこ』


「相変わらず急だな……」


 そう呟きながらも、優斗の足取りは自然と軽くなった。


 待ち合わせ場所に着くと、美佐子はすでにダンプを停めて待っていた。


「遅い!」


「まだ約束の時間前ですよ」


「細かいこと言うな」


「はい」


「ほな行くぞ」


「どこに?」


「飯や」


「いつもの食堂ですか?」


「今日は違う」


 美佐子が歩き出す。


「今日は私が昔から行っとる店や」


 連れて行かれたのは、昔ながらの小さな店だった。


 店に入ると、店主らしい男性が美佐子を見て笑った。


「おう、美佐子。珍しいな」


「何がや」


「若い男連れてくるなんて」


「うるさいわ!」


「息子か?」


「ちゃう!」


「じゃあ何や?」


「……知り合いや」


 美佐子は少しだけ言葉に詰まった。


 優斗はその様子を見ていた。


 なぜか胸が少しだけ温かくなる。


 二人で食事を始める。


「ここ、昔から来てるんですか?」


「そうや。二十代の頃からな」


「そんなに?」


「昔はもっと汚かったで」


「今でも十分味がありますよ」


「お前、失礼やな」


 美佐子は笑った。


 食事が進むにつれ、二人の会話も自然になっていく。


 仕事の話。


 岸和田の昔の話。


 美佐子が若い頃に乗っていたバイクの話。


 優斗が子どもの頃に好きだったテレビ番組。


 気づけば、二時間近く話していた。


「……あれ?」


 優斗が時計を見る。


「もうこんな時間ですか?」


「ほんまやな」


「楽しかったです」


「……」


 美佐子が箸を置いた。


「なあ、優斗」


「はい?」


「あんたとおると、楽やわ」


「え?」


「なんていうか……」


 美佐子は少し考える。


「無理して喋らんでええし」


「……」


「無理して強がらんでもええ」


 優斗は美佐子を見る。


「それって……」


「何や?」


「僕も同じです」


「……」


「美佐子さんといると、楽です」


「そうか」


 美佐子は目を伏せた。


 そして、小さく笑った。


「そっか」


 店を出る。


 夜風が二人の間を通り抜ける。


 美佐子がふと空を見上げた。


「昔はな」


「はい」


「こんなふうに誰かと飯食うなんて、考えたこともなかった」


「どうしてですか?」


「ずっと仕事ばっかりやったからな」


「寂しくなかったんですか?」


「……」


 美佐子は答えなかった。


 少し歩いてから、ぽつりと言う。


「寂しい時もあったで」


「……」


「でも、寂しいって言うのが嫌やった」


「どうして?」


「負けたみたいやから」


 優斗は静かに聞いていた。


「一人で生きていけるって、ずっと思ってた」


「はい」


「ほんまは……」


 美佐子が言葉を止める。


「ほんまは?」


「……なんでもない」


 笑って誤魔化した。


 優斗はそれ以上聞かなかった。


 ただ、隣を歩いた。


 しばらくして、美佐子が言った。


「優斗」


「はい」


「私な」


「はい」


「お前が思っとるほど、強い女ちゃうで」


「……知ってます」


「なんやと?」


「少しずつ分かってきました」


 美佐子が優斗を見る。


 優斗は穏やかに笑っていた。


「強いところも、弱いところも、美佐子さんなんだと思います」


「……」


「だから無理しなくていいと思います」


 美佐子は何も言わなかった。


 ただ、歩く速度を少しだけ落とした。


 優斗も合わせる。


 二人の距離が自然と近くなる。


 肩が触れそうなほど近い。


 美佐子はそれに気づいていた。


 けれど、離れなかった。


「……ほんま、困った子やな」


「何がですか?」


「なんでもない」


 美佐子は笑った。


 その夜。


 優斗と別れたあと、美佐子はダンプの運転席に座った。


 エンジンはまだかけない。


 暗い車内で、一人になる。


「……楽やわ」


 さっき自分が言った言葉を思い出す。


 これまでの人生。


 仕事では強くなければならなかった。


 男に負けないようにしなければならなかった。


 弱音を吐けば馬鹿にされる。


 泣けば負ける。


 だから、ずっと強い女を演じてきた。


 でも――。


 優斗の前では、なぜか違った。


「……なんでやろな」


 美佐子は自分の胸元に手を当てる。


 心臓が少し速くなっている。


 その頃、優斗も帰宅していた。


 布団に横になりながら、今日の美佐子を思い出す。


 笑顔。


 寂しそうな横顔。


 そして――。


『あんたとおると、楽やわ』


「……僕もです」


 誰もいない部屋で、優斗は小さく呟いた。


 まだ二人は、自分たちの気持ちを恋だとは認めていない。


 けれど。


 二人の間には確実に、友達とも知り合いとも違う何かが生まれ始めていた。

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