第4話 元ヤンの過去
翌週の土曜日。
優斗は仕事を終えると、珍しく美佐子から連絡が来ていないことに気づいた。
いつもなら、
『仕事終わったか?』
とか、
『飯食いに行くぞ』
とか、突然メッセージが飛んでくる。
それが今日は何もない。
「……忙しいのかな」
そう思いながら帰ろうとした時だった。
「優斗!」
後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
振り返る。
そこには美佐子が立っていた。
「美佐子さん」
「なんや、ぼーっとして」
「いや……今日は連絡ないなって思ってました」
「なんやそれ」
美佐子がニヤッと笑う。
「私から連絡来るの、待っとったんか?」
「……少し」
「ほんま素直やなぁ」
美佐子は楽しそうに笑った。
「ほな、飯行くぞ」
「はい」
二人は近くの食堂へ向かった。
食事をしていると、美佐子が突然言った。
「なあ、優斗」
「はい?」
「私の昔の話、聞きたいか?」
「え?」
「元ヤンやったって言うたやろ」
「はい」
「もっと詳しく聞きたいか?」
優斗は少し迷った。
「……聞きたいです」
「怖くなるで?」
「大丈夫です」
「ほんまか?」
「はい」
美佐子は箸を置いた。
「私な、高校出た頃はめちゃくちゃ荒れてたんや」
「どれくらいですか?」
「喧嘩はしょっちゅう。学校もまともに行っとらん」
「……」
「髪も長かったし、バイクにも乗っとった」
「意外ですね」
「何が意外やねん」
「今の美佐子さんからすると……」
「今もそんな変わらんやろ」
「そうですか?」
「そうや」
二人で笑った。
だが、美佐子の表情は少しずつ変わっていった。
「でもな」
「はい」
「荒れてた理由は、ただ遊びたかったからちゃう」
「……」
「家があんまりええ状態やなかったんや」
優斗は黙って聞いた。
「親父が酒ばっかり飲む人でな。家に帰ってきたら怒鳴る。母親はいつも泣いとった」
「……大変だったんですね」
「だから家におりたくなかった」
美佐子は遠くを見るような目をした。
「夜になったら友達と外に出て、朝まで帰らんこともあった」
「それで……ダンプの仕事を?」
「その頃に知り合った人に紹介されたんや」
「ダンプを?」
「そう」
美佐子は少し笑った。
「最初はダンプなんか乗りたくなかった」
「じゃあ、どうして?」
「初めて給料もろた時な」
「はい」
「自分で稼いだ金で、母親に飯を食わせてやれたんや」
美佐子の声が少し震えた。
「その時思ったんや」
「……」
「私、この仕事続けようって」
優斗は何も言えなかった。
目の前にいる女性が、少し違って見えた。
ただ気が強いだけの女性ではない。
誰にも頼れない中で、自分で生きていくしかなかった人。
「それから四十年近く、ずっとダンプですか?」
「途中で何回か辞めようとは思ったけどな」
「でも続けた」
「うん」
美佐子は笑った。
「意地や」
「また意地ですか?」
「私の人生、だいたい意地でできとるからな」
優斗は笑った。
すると美佐子が、少し真剣な顔で言った。
「でもな」
「はい」
「私、若い頃に一回だけ、本気で好きになった男がおった」
「……」
優斗の手が止まった。
「その人とは、どうなったんですか?」
「別れた」
「どうして?」
「私がダンプの仕事を続けたかったから」
「それだけで?」
「それだけやない」
美佐子は目を伏せた。
「向こうの家族がな。私みたいな女を嫌がったんや」
「……」
「『普通の女になれ』って言われた」
「美佐子さんは……」
「私は私や」
美佐子はきっぱりと言った。
「誰かに合わせて生きるくらいなら、一人でええと思った」
その言葉には、強さがあった。
でも同時に――。
寂しさもあった。
食事を終え、店を出る。
外は少し涼しくなっていた。
「今日は変な話したな」
「僕は聞けてよかったです」
「なんでや?」
「美佐子さんのこと、少し分かった気がするから」
「……」
「今まで、怖い人だと思ってました」
「おい」
「でも、違いました」
「どんな人やと思った?」
優斗は少し考えた。
「強い人です」
「……」
「でも、本当はすごく優しい人」
美佐子は黙った。
「それに――」
「まだあるんか?」
「寂しい人なのかなって」
「……」
美佐子の顔から笑みが消えた。
「優斗」
「はい」
「それ以上言うたら、殴るで」
「え?」
「私、そんな弱い女ちゃうからな」
「……はい」
美佐子は歩き出した。
だが、数歩進んだところで立ち止まった。
「……ありがとうな」
「え?」
「昔の話、聞いてくれて」
振り返った美佐子は、いつもの強気な顔ではなかった。
優斗はその表情を見て、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
――もっと、この人のことを知りたい。
その気持ちが、少しずつ大きくなっていることを。
優斗自身も、まだ認めようとはしていなかった。




