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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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第2話 なんや、弱そうな兄ちゃんやな

 三日後。


 優斗は施設での仕事を終え、いつものように自転車で帰宅していた。


 夕方六時。


 空はまだ明るい。


 蝉の声を聞きながら、優斗は交差点を曲がった。


 その時だった。


「……あれ?」


 道路脇に、一台のダンプトラックが停まっている。


 見覚えのある車体だった。


 優斗がゆっくり近づいていく。


 すると、運転席のドアが開いた。


「……あっ!」


 降りてきたのは、あの女性だった。


「お前……」


 女性も優斗に気づいた。


「この前の兄ちゃんやん」


「あ、はい。こんにちは」


「なんや、また会ったな」


「そうですね」


 美佐子は腕を組んだ。


「……お前、名前なんていうんや?」


「佐伯です。佐伯優斗」


「優斗か」


「はい」


「私は美佐子。藤田美佐子や」


「藤田さん……」


「美佐子でええわ」


「え?」


「いちいち藤田さんとか言われたら年寄りみたいやろ」


「いや……」


 優斗が困ったように笑う。


 美佐子はそんな優斗を見て、鼻で笑った。


「やっぱり弱そうやな、お前」


「え?」


「この前から思っとったけど、女に怒鳴られてもヘコヘコしてそうや」


「……まあ、怒鳴られること自体、あまりないですけど」


「嘘つけ。顔に出とるわ」


 美佐子は豪快に笑った。


 その笑い声は、周囲の空気を一瞬で変えるほど大きかった。


「ところで、ここで何してるんですか?」


「ダンプがちょっと調子悪いねん」


「故障ですか?」


「たぶんな」


 美佐子はボンネットの方を指差した。


「エンジンかからへん」


「大丈夫なんですか?」


「大丈夫ちゃうから困っとんねん」


「……すみません」


「なんでお前が謝るねん!」


「あ……」


 また怒られた。


 優斗は苦笑した。


「すみません」


「またや!」


「……癖なんです」


「ほんま、変な奴やな」


 美佐子は呆れながらも、少し笑っていた。


 優斗はダンプの前まで歩いていく。


「僕、車のことは詳しくないですけど、見てもいいですか?」


「お前が?」


「はい」


「介護士やろ?」


「なんで知ってるんですか?」


「この前、お前が仕事帰りやって言うとったやん」


「あ……そうでした」


 美佐子は工具箱を取り出した。


「ほな、ライト照らしてくれ」


「分かりました」


 優斗はスマートフォンのライトをつけた。


 二人でダンプのエンジン周りを覗き込む。


「ここ……ですか?」


「ちゃう。もうちょい右や」


「ここ?」


「そこや」


「何か変ですか?」


「分からん」


「え?」


「私も分からん」


「……」


「なんや、その顔」


「いえ……」


 美佐子は大声で笑った。


「ダンプ乗っとるからって、何でも分かるわけちゃうで!」


「そうですよね」


「お前、今ちょっと安心したやろ」


「……少し」


「正直やなぁ」


 結局、原因は簡単には分からなかった。


 美佐子が会社に連絡すると、整備担当が来ることになった。


「もう大丈夫ですよ」


 優斗は自転車に戻ろうとした。


「待て」


「はい?」


「お前、飯食ったんか?」


「まだです」


「ほな、付き合え」


「え?」


「腹減っとんねん」


「僕とですか?」


「他に誰がおるねん」


 美佐子は当たり前のように言った。


「でも……」


「なんや。私と飯食うん嫌か?」


「そういうわけじゃ……」


「ほな来い」


「はい……」


 完全に押し切られていた。


 近くの小さな食堂に入り、二人は向かい合わせに座った。


「何食う?」


「僕は……定食で」


「若いのにそれだけか?」


「普通ですよ」


「もっと食え」


「はい?」


「男なら食え」


「……じゃあ、唐揚げも」


「最初からそう言え」


 美佐子は笑った。


 食事をしながら、二人は少しずつ話をした。


 優斗が介護士になった理由。


 美佐子がダンプに乗り始めた理由。


 岸和田で長く暮らしていること。


 そして、美佐子が若い頃、かなり荒れていたこと。


「昔はな、私も相当やんちゃやったんや」


「そうなんですか?」


「そうや。今よりもっと怖かったで」


「……想像できません」


「なんや、その失礼な言い方」


「すみません」


「また謝った!」


 二人の笑い声が、店内に響いた。


 帰り際。


 美佐子は店の外で煙草を取り出した。


 だが、火をつける前に優斗を見る。


「お前、煙草嫌いやったら離れとき」


「大丈夫です」


「ほんまに?」


「はい」


 美佐子は少し意外そうな顔をした。


「……変な奴やな」


「よく言われます」


「まあええわ」


 そう言って煙草に火をつける。


 優斗はその横顔を見た。


 さっきまで豪快に笑っていた女性とは違う。


 一瞬だけ、寂しそうに見えた。


「藤田さん」


「美佐子でええ言うたやろ」


「……美佐子さん」


「なんや?」


「今日は、ありがとうございました」


「礼なんかええ」


「でも、ご飯ごちそうになったので」


「ほな今度、私が困っとったら助けてくれや」


「もちろんです」


「約束やで」


「はい」


 美佐子はニッと笑った。


「ほな、またな。優斗」


「はい。また」


 優斗が自転車で走り去る。


 美佐子はその後ろ姿を見ながら、煙を吐いた。


「……優しい子やな」


 そして、小さく呟く。


「……優しすぎるくらいや」


 この時はまだ、美佐子自身も気づいていなかった。


 この23歳の青年が、これから自分の心の中に、少しずつ入り込んでくることを。

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