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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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第1話 岸和田のダンプ女

 八月の岸和田は、朝から暑かった。


 午前八時を少し過ぎた頃。


 道路の照り返しがアスファルトから立ち上り、蝉の声が住宅街に響いている。


「今日も暑いな……」


 自転車を漕ぎながら、佐伯優斗、二十三歳は額の汗を拭った。


 優斗の仕事は介護士だった。


 岸和田市内にある高齢者施設で働いている。


 仕事は決して楽ではない。


 朝から利用者の着替えを手伝い、食事の介助をし、トイレの介助をする。


 時には夜勤もある。


 それでも優斗は、この仕事が嫌いではなかった。


「優斗くん、ありがとうな」


 利用者からそう言われるたびに、


「いえいえ。僕のほうこそ、ありがとうございます」


 と、少し照れながら笑う。


 そんな青年だった。


 優しくて、真面目。


 ただ、その性格のせいなのか、人に強く言うことが苦手だった。


 嫌なことを頼まれても断れない。


 怒られても言い返せない。


 同僚からは、


「優斗くんって、ほんま優しすぎるよな」


 と、よく言われていた。


 その日も仕事を終えた優斗は、自転車で自宅へ向かっていた。


 夕方になっても気温は下がらない。


 信号待ちをしていると――。


 突然、後ろから大きなクラクションが鳴った。


「プァァァァン!」


「うわっ!」


 優斗が振り返る。


 そこには、一台の大きなダンプトラックが停まっていた。


 車体は土埃で汚れている。


 運転席の窓が勢いよく開いた。


「兄ちゃん!」


「は、はい!」


「そこ、ぼーっと立っとったら危ないで!」


「す、すみません!」


「謝る前に周り見ぃ!」


 運転席から怒鳴っているのは――女性だった。


 年齢は、どう見ても六十代。


 短く切った髪。


 日に焼けた顔。


 腕まくりした作業着。


 そして、鋭い目。


 まるで誰にも負ける気がないような迫力だった。


「……怖い人だ」


 優斗が小さく呟く。


「なんや?」


「い、いえ!」


「聞こえとるで!」


「すみません!」


「また謝った!」


 女性は呆れたようにため息をついた。


「兄ちゃん、男やろ?」


「はい……」


「そんなペコペコしてたらアカンで」


「……気をつけます」


「ほんまかいな」


 信号が青になった。


 ダンプは大きなエンジン音を響かせ、優斗の横を通り過ぎていく。


 その瞬間、荷台に貼られた会社名が見えた。


 そして運転席から女性がもう一度叫んだ。


「前見て走れよ、兄ちゃん!」


「はい!」


 ダンプはそのまま走り去った。


 優斗はしばらく、その後ろ姿を見つめていた。


「……すごい人だったな」


 それが、優斗とその女性――藤田美佐子、六十四歳との最初の出会いだった。


 ただし。


 この時の優斗は知らなかった。


 数日後、まったく別の場所で、あの女性と再会することを。


 そして――。


 その出会いが、自分の人生を大きく変えることになるとは。


 まだ、知る由もなかった。

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