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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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19/20

第19話 それでも、隣にいてほしい

 冬の気配が岸和田の街に降り始めていた。


 優斗と美佐子が付き合い始めて、半年。


 二人の関係を知る人も増えた。


 当然、全員が賛成しているわけではない。


 それでも二人は、以前より穏やかに日々を過ごしていた。


 ある休日。


 二人は岸和田城の近くを歩いていた。


「寒いな」


「はい」


「もっと厚着してこい言うたやろ」


「美佐子さんも薄着じゃないですか」


「私は平気や」


「風邪ひきますよ」


「お前はほんま心配性やな」


 美佐子が笑う。


 優斗も笑う。


 その時。


 美佐子が突然、足を止めた。


「優斗」


「はい?」


「もしな」


「はい」


「私が先に死んだら……どうする?」


 優斗の表情が変わった。


「……急に何ですか」


「大事なことや」


「そんなこと、今考えなくても」


「考えなあかん」


 美佐子は真剣だった。


「私は六十四や」


「分かっています」


「お前より先に老いる」


「……」


「先に病気になるかもしれん」


「……」


「介護が必要になるかもしれん」


 優斗は黙って聞いていた。


「それでも、一緒にいたい?」


「はい」


「即答やな」


「もう決めていますから」


 美佐子は苦笑した。


「お前、ほんまに頑固や」


「美佐子さんに似ました」


「私のせいにするな」


 二人は少し笑った。


 だが、美佐子の表情はすぐに真剣に戻った。


「私な」


「はい」


「結婚したい」


 優斗の目が見開かれる。


「……本当ですか?」


「ああ」


「僕と?」


「他に誰がおるねん」


 優斗は思わず笑った。


 そして、目に涙を浮かべた。


「泣くな」


「すみません」


「……もうええわ」


 美佐子は笑った。


 しかし――。


「ただし」


「はい」


「簡単には決めたくない」


「……」


「結婚したら、今まで以上に現実的な問題が出てくる」


「分かっています」


「お前の仕事」


「はい」


「私の仕事」


「はい」


「家族」


「はい」


「老後」


「はい」


「全部考えなあかん」


「一緒に考えましょう」


 優斗は美佐子の手を握った。


「二人で」


 美佐子は握り返した。


「……そうやな」


 その夜。


 優斗は母親に結婚の話をした。


「母さん」


「何?」


「僕、美佐子さんと結婚したい」


 母親は黙った。


「……本当に決めたの?」


「うん」


「後悔しない?」


「しない」


「年齢差も?」


「分かってる」


「これから先、大変なこともあるよ」


「それも分かってる」


 母親は息子をじっと見た。


 そして、静かに言った。


「だったら、お母さんから言うことはもうないよ」


「……」


「ただし、一つだけ」


「何?」


「美佐子さんを大切にしなさい」


「うん」


「そして、美佐子さんに全部背負わせないこと」


 優斗は頷いた。


「約束する」


 その頃。


 美佐子も一人、自宅で考えていた。


 結婚。


 六十四歳になって、まさかそんな言葉を考える日が来るとは思わなかった。


 しかし、不安がないわけではない。


 優斗の母親。


 周囲の人間。


 そして何より――。


 優斗自身の未来。


「……ほんまに、私でええんかな」


 スマートフォンが鳴る。


『今日はありがとう』


 優斗からだった。


『こっちこそ』


 返信する。


 少しして、もう一通。


『これからもずっと一緒にいてください』


 美佐子は画面を見つめた。


 涙がこぼれる。


「……アホやな」


 そう呟きながら、返信する。


『こちらこそ。よろしくな』


 そして翌週。


 二人はもう一度、岸和田の海へ向かった。


 初めて手を繋いだ場所。


 美佐子が自分の弱さを見せた場所。


 優斗が「それでも一緒にいたい」と伝えた場所。


 海を眺めながら、美佐子が言う。


「優斗」


「はい」


「私ら、普通とは違うな」


「そうですね」


「四十一歳も違う」


「はい」


「周りから見たら、変な二人や」


「そうかもしれません」


「それでも?」


 優斗は美佐子の手を握った。


「それでも、僕は美佐子さんの隣がいいです」


 美佐子は笑った。


「……私もや」


 二人は静かに海を見つめた。


 そして、美佐子が小さく言った。


「結婚しよか」


「はい」


 その返事は、迷いのないものだった。


 しかし――。


 人生を共にすると決めた二人を待っていたのは、最後の大きな壁だった。


 美佐子の家族。


 そして、誰も知らなかった美佐子の過去。


 それをすべて乗り越えて初めて、二人は本当の意味で夫婦になることができる。

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