↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/20

第20話 岸和田の海で

 冬の朝。


 岸和田の街は、いつもより静かだった。


 優斗は緊張した面持ちで、美佐子の隣を歩いていた。


 今日は、美佐子の家族に結婚の意思を伝える日だった。


「……緊張してる?」


 美佐子が聞く。


「しています」


「私もや」


「美佐子さんが?」


「当たり前やろ」


 美佐子は苦笑した。


「昔はな、どんな男にも負けんと思ってた」


「はい」


「喧嘩もしたし、怒鳴り合いもした。仕事でも散々揉めた」


「……」


「でもな」


 美佐子は優斗を見る。


「自分の家族に、好きな男を紹介するのは……こんなに怖いんやな」


「僕が隣にいます」


「……そうやな」


 二人は美佐子の家へ向かった。


 そこには、美佐子の弟と、その家族が待っていた。


「久しぶりやな、美佐子」


「おう」


「この子が?」


「ああ」


 美佐子は優斗を見る。


「私の恋人や」


「初めまして。佐伯優斗です」


 優斗が深く頭を下げる。


 しばらく沈黙が続いた。


 弟が口を開く。


「正直に聞くけど」


「なんや?」


「本気なんか?」


「本気や」


「相手は二十三歳やぞ」


「分かっとる」


「お前は六十四や」


「それも分かっとる」


「将来、どうするつもりや?」


 美佐子は答えた。


「二人で考える」


「それだけか?」


「それ以上、今の私に言えることはない」


 弟が優斗を見る。


「お前は?」


「僕も本気です」


「姉ちゃんの年齢、分かってるか?」


「はい」


「これから先、大変になるぞ」


「分かっています」


「介護することになるかもしれん」


 優斗は一瞬だけ黙った。


 そして答えた。


「僕は介護士です」


 部屋が静かになる。


「だから、介護が必要になった時にどうするかも、これから一緒に考えていきます」


「……」


「でも、美佐子さんを介護するために結婚するわけじゃありません」


 優斗は美佐子を見る。


「好きだから、一緒に生きたいんです」


 美佐子の目に涙が浮かぶ。


 弟はしばらく黙っていた。


 やがて、大きく息を吐いた。


「……姉ちゃん」


「なんや?」


「幸せそうやな」


「……」


「昔のお前なら、こんな顔せんかった」


 美佐子は何も言えなかった。


「なら、俺が反対する理由もない」


「……ほんまか?」


「ああ」


 美佐子の目から涙がこぼれた。


「……ありがとう」


 弟は笑った。


「ただし、優斗君」


「はい」


「姉ちゃん、かなり頑固やからな」


「知っています」


「気ぃつけや」


「はい」


「そこは否定せえへんのか」


 部屋に笑い声が広がった。


 それから数か月。


 二人は小さな結婚式を挙げた。


 大きな式ではない。


 家族と、ほんの少しの友人だけ。


 美佐子は白い服を着た。


 鏡を見る。


「……私がこんなん着る日が来るとはな」


「似合っています」


「ほんまか?」


「はい」


「……ありがとう」


 優斗も少し緊張していた。


 二人が並んで立つ。


 四十一歳の年齢差。


 周囲から見れば、普通ではないかもしれない。


 けれど二人には、これまで積み重ねてきた時間がある。


 最初はただの介護士とダンプ運転手だった。


 優しい青年と、荒々しい元ヤンの女。


 お互いに全く違う人間だった。


 それでも、少しずつ惹かれ合った。


 笑った。


 喧嘩もした。


 離れようとしたこともあった。


 それでも、最後には隣に戻ってきた。


 式の後。


 二人は岸和田の海へ向かった。


 初めて手を繋いだ場所。


 美佐子が海を見ながら言う。


「なあ、優斗」


「はい」


「私、六十四やぞ」


「知っています」


「これからもっと年取るで」


「僕も年取ります」


「八十になったら?」


「一緒にいます」


「九十になったら?」


「その時も隣にいます」


「……ほんまか?」


「約束します」


 美佐子は笑った。


「ほんま、変な男やな」


「美佐子さんに言われたくないです」


「なんやと?」


 二人は笑った。


 そして、優斗が美佐子の手を握る。


「これからもよろしくお願いします」


「こちらこそや」


 海から風が吹く。


 遠くで船の汽笛が聞こえる。


 岸和田の街は、いつもと変わらない。


 けれど二人にとっては、この街で始まった恋が、この街で人生へと変わった。


 年齢は変えられない。


 過去も消せない。


 周囲の目も、未来への不安も、完全になくなるわけではない。


 それでも――。


 二人には、一緒に生きるという選択ができる。


 優斗は美佐子の手を握り直した。


「帰りましょうか」


「うん」


「家に」


「……そうやな」


 二人は並んで歩き出した。


 四十一歳の年齢差を越えて。


 岸和田の海から始まった、二人だけの恋を抱えて。


 そしてこれからも――。


 同じ道を、ゆっくり歩いていく。


完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
年齢差ギャップ萌えしました。関西弁使ってて面白いなと思いました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。