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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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13/20

第13話 昔の男

 秋の気配が、少しずつ岸和田の街にも広がっていた。


 優斗と美佐子は、以前よりも自然に一緒に過ごすようになっていた。


 まだ恋人ではない。


 けれど、お互いの気持ちは、もう隠しきれなくなっている。


 そんなある日の午後。


 美佐子が仕事を終えてダンプを停めていると、一人の男が近づいてきた。


「……美佐子か?」


 その声を聞いた瞬間。


 美佐子の顔から笑顔が消えた。


「……なんで、あんたがここにおるん」


 男は五十代後半くらい。


 白髪が少し混じった髪。


 落ち着いた服装。


 昔の美佐子を知っている人間だった。


「久しぶりやな」


「何年ぶりや?」


「二十年以上になるか」


「そうやな」


 男は少し笑った。


「まだダンプ乗ってるんやな」


「悪いか?」


「いや。美佐子らしいと思ってな」


 男の名前は、健一。


 美佐子が二十代の頃、本気で好きだった男だった。


 そして――。


 二人が別れるきっかけになった男でもある。


「何しに来たん?」


「近くで仕事があってな。たまたま見かけた」


「そうか」


「少し話せへんか?」


「……」


 美佐子は迷った。


 だが、昔のことをいつまでも避けるのも違う気がした。


「十分だけやで」


 二人は近くのベンチに座った。


「お前、変わらんな」


「何が?」


「強がるところ」


「ほっとけ」


 健一が笑う。


「昔もそうやった」


「昔の話はええ」


「……悪かったな」


 美佐子の表情が変わった。


「何が?」


「お前と別れたこと」


「今さらやろ」


「そうやけど」


 健一は俯いた。


「俺、親に逆らえんかった」


「知っとる」


「お前と一緒におりたかった」


「……」


「でも、家族が怖かった」


 美佐子は黙って聞いていた。


 昔の自分なら、怒鳴っていたかもしれない。


 だが今は、怒りよりも不思議な感情の方が強かった。


「もうええよ」


「美佐子……」


「ほんまにええ」


 美佐子は立ち上がった。


「私もあれから長く生きたからな」


「……幸せやったか?」


 美佐子は少し考えた。


「それなりにな」


「結婚は?」


「してへん」


「そうか……」


 健一は少し驚いた。


「ずっと一人?」


「そうや」


「寂しくなかったんか?」


「寂しい時もあった」


「……」


「でも、自分で選んだ人生や」


 その時だった。


 少し離れたところから声がした。


「美佐子さん」


 二人が振り返る。


 優斗だった。


 仕事帰りだった。


「……優斗」


「こんにちは」


 健一が優斗を見る。


「この人が?」


「……」


 美佐子が答える前に、優斗が頭を下げた。


「佐伯優斗です」


「どうも」


 健一は優斗を見つめた。


「若いな」


「二十三です」


「二十三……」


 健一が美佐子を見る。


「お前、まさか――」


「まだ何も決まってへん」


 美佐子が遮った。


「そうか」


 健一はしばらく黙っていた。


 そして優斗に尋ねた。


「美佐子のこと、本気なんか?」


「はい」


 優斗は迷わなかった。


 美佐子が驚いて優斗を見る。


「本気です」


「年齢差、分かってるか?」


「分かっています」


「将来、大変やぞ」


「それも分かっています」


 健一は優斗をじっと見つめた。


「……そうか」


 それ以上、何も言わなかった。


 健一が帰ったあと。


 二人はしばらく黙って歩いた。


「優斗」


「はい」


「なんであんなこと言ったんや」


「本当のことなので」


「……」


「美佐子さんは嫌でした?」


「嫌やない」


「じゃあ、よかった」


 美佐子は足を止めた。


「お前は知らんねん」


「何をですか?」


「昔の私を」


「少し聞きました」


「まだまだや」


 美佐子は遠くを見る。


「昔の私は、もっと酷かった」


「でも、それも美佐子さんですよね」


「……」


「今の美佐子さんしか知らなくても、僕は好きです」


 美佐子の胸が大きく揺れた。


「……好きって、簡単に言うな」


「簡単じゃないです」


「……」


「何度考えても、好きなんです」


 美佐子は顔を背けた。


「ほんま……困るわ」


「すみません」


「謝るな」


「はい」


「……でも」


「はい?」


「嬉しい」


 小さな声だった。


 美佐子はそれだけ言って歩き出した。


 優斗も隣を歩く。


 しばらくして、美佐子がぽつりと言った。


「健一はな」


「はい」


「昔、私が一番好きやった男や」


「……」


 優斗の胸が少し痛んだ。


「でもな」


 美佐子は続けた。


「今は違う」


 優斗が顔を上げる。


「昔のことは、昔のことや」


「……はい」


「私が今、一緒にいたいと思うのは――」


 美佐子はそこで言葉を止めた。


「……なんでもない」


「気になります」


「気にするな」


「はい」


 優斗は笑った。


 美佐子も少し笑った。


 過去の男との再会は、美佐子に自分の人生を振り返らせた。


 そして同時に気づかせた。


 自分はもう、過去を生きているのではない。


 今、目の前にいる青年との時間を生き始めている。


 その事実が、美佐子には嬉しくもあり――。


 怖くもあった。

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