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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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12/20

第12話 俺が好きになった人やから

 翌週の土曜日。


 優斗は仕事を終え、いつもの食堂へ向かった。


 美佐子と会う約束をしていた。


 店の前で待っていると、少し離れたところから声が聞こえた。


「おい、兄ちゃん」


 振り返る。


 知らない男性が二人、こちらを見ていた。


「美佐子と付き合っとるんか?」


「……」


 優斗は答えに迷った。


 まだ正式に付き合っているわけではない。


 だが、美佐子への気持ちは本物だった。


「仲良くさせてもらっています」


「それだけか?」


「……」


「まあ、ええけどな」


 男の一人が笑った。


「美佐子もえらい若い男捕まえたもんや」


「……」


 優斗は黙っていた。


 すると、もう一人が言った。


「お前、何歳や?」


「二十三です」


「二十三?」


 男が吹き出した。


「ほんまかいな」


「はい」


「美佐子六十四やぞ?」


「知っています」


「親子やんけ」


 笑い声が響く。


 優斗は拳を握った。


 怒りが込み上げる。


 だが、何も言い返せない。


 いつもの自分なら、黙ってやり過ごしていた。


 その時だった。


「何しとんねん、お前ら!」


 後ろから美佐子の怒鳴り声が響いた。


 二人の男が振り返る。


「美佐子」


「人の連れに何絡んどんねん」


「いや、ちょっと話してただけや」


「話?」


 美佐子が睨む。


「私が来たら急に大人しくなったな」


「……」


「言いたいことあるなら私に言え」


 男たちは顔を見合わせる。


「別に悪い意味ちゃうって」


「悪い意味やろうが!」


「まあまあ」


 男が笑って誤魔化す。


「ほな、またな」


 二人はその場を離れていった。


 美佐子は腕を組んだまま、二人の背中を睨んでいる。


「大丈夫です」


 優斗が言った。


「何がや」


「僕は大丈夫です」


「……」


 美佐子が振り返る。


「ほんまに?」


「はい」


「傷ついてへんか?」


「少しは」


「……」


「でも、気にしません」


 美佐子は黙った。


「お前な」


「はい」


「私のことで傷つく必要ないねん」


「でも、僕が好きになった人だから」


 美佐子の目が見開かれる。


「……」


「何を言われても、僕が決めたことです」


「優斗……」


「美佐子さんが恥ずかしいなら、僕も一緒に恥ずかしがります」


「……なんやそれ」


「でも、離れろと言われても、それは嫌です」


 美佐子は俯いた。


 胸の奥が熱くなる。


 これまで、誰かに守ってもらったことなどほとんどなかった。


 いつも自分が誰かを守ってきた。


 仕事でも。


 家族でも。


 昔の仲間でも。


 自分が強くいなければならないと思っていた。


 なのに。


 今、自分を守ろうとしてくれているのは、自分より四十一歳も若い青年だった。


「……ほんまに、お前はアホやな」


「またですか?」


「こんな私のために、そこまで言うなんて」


「美佐子さんだからです」


「……」


 美佐子は顔を上げた。


「私な」


「はい」


「昔から、誰かに守られるの嫌いやった」


「どうして?」


「弱いと思われるから」


「僕は弱いとは思いません」


「……」


「守ることと、弱いことは違うと思います」


 美佐子は何も言えなかった。


 やがて、小さく笑う。


「お前、ほんまに変わったな」


「そうですか?」


「最初会った時は、私が怒鳴っただけでペコペコ謝っとったやろ」


「今も謝りますよ」


「そこは変わらんのかい」


 二人で笑った。


 その夜。


 食堂を出てから、美佐子が言った。


「優斗」


「はい」


「……ありがとう」


「何がですか?」


「今日のこと」


「僕は何もしてませんよ」


「してる」


 美佐子は前を向いたまま言った。


「私が逃げそうになった時、お前は逃げんかった」


「……」


「それが、嬉しかった」


 優斗は何も言わずに隣を歩いた。


 しばらくして、美佐子が立ち止まる。


「優斗」


「はい」


「こっち向け」


「はい」


 二人が向き合う。


 美佐子は少し迷った。


 そして――。


「……私も、お前のこと、大切やと思ってる」


 優斗の胸が高鳴った。


「それって……」


「まだ『好き』とは言わん」


「……」


「言ったら、もう戻れん気がするからな」


 そう言って、美佐子は笑った。


 けれど、その笑顔はいつもの強がった笑顔ではなかった。


 少し照れていて。


 少し怖がっていて。


 それでも嬉しそうだった。


 優斗はそれ以上、何も聞かなかった。


 ただ、隣に立った。


 四十一歳という年齢差は、まだ二人の前にある。


 周囲の目も消えたわけではない。


 それでも――。


 二人は少しずつ、その壁の向こう側へ歩き始めていた。

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