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『岸和田、恋は年齢を越えて』  作者: こうた


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第11話 岸和田の噂

 美佐子と優斗が再び一緒に食事をするようになってから、二週間ほど経った。


 二人は、以前より慎重になっていた。


 人目につく場所では、少し距離を取る。


 美佐子も、以前のように気軽に優斗を呼び出さなくなった。


 それでも、二人の時間は少しずつ増えていた。


 ある日の昼。


 美佐子は仕事仲間と休憩していた。


「美佐子さん、この前若い兄ちゃんと歩いてたやろ?」


「……」


 美佐子の箸が止まる。


「誰や、あれ?」


「知り合いや」


「知り合いにしては仲良さそうやったけどな」


「うるさいわ」


 別の男が笑う。


「息子かと思ったわ」


「違う言うとるやろ」


「ほな、彼氏?」


「アホ言え」


 美佐子は笑って流した。


 だが、その場にいた一人が冗談半分に言った。


「それにしても、二十三くらいの男と六十過ぎの女って……すごい組み合わせやな」


 周囲から笑い声が起こる。


 美佐子も笑った。


「そうかもしれんな」


 そう言いながら、胸の奥が少し痛かった。


 その日の夕方。


 優斗は施設の同僚と帰り道を歩いていた。


「なあ、優斗」


「はい?」


「最近、よく一緒におる人おるやろ?」


「……誰ですか?」


「ダンプ乗ってる女の人」


 優斗の足が止まりそうになった。


「知ってるんですか?」


「この辺では結構有名やで」


「そうなんですか?」


「昔かなりヤンチャしてたって話」


「……」


 同僚は笑いながら続けた。


「優斗、ああいう人と仲良くして大丈夫なんか?」


「大丈夫です」


「いや、別に悪い意味ちゃうけど」


「分かってます」


 その場では笑って済ませた。


 だが、帰宅した優斗は考えていた。


 自分たちの関係は、もう周囲に知られ始めている。


 まだ付き合っているわけではない。


 それでも、二人が一緒にいるだけで噂になる。


 翌日。


 美佐子のところにも、別の知り合いから話が来た。


「美佐子、あの若い子と付き合ってるんか?」


「付き合っとらん」


「でも、よく一緒におるやろ」


「友達や」


「友達にしては若すぎへん?」


「年齢関係あるか?」


「そらあるやろ」


 美佐子は黙った。


 相手は悪気なく言っている。


 だからこそ、余計に刺さった。


「お前が幸せならええけどな」


「……」


「ただ、あの子はまだ若いやろ」


 美佐子は何も答えなかった。


 その夜。


 優斗と美佐子はいつもの店で食事をしていた。


 しかし、二人とも口数が少ない。


「……美佐子さん」


「なんや?」


「今日、何かありました?」


「別に」


「嘘ですよね」


「なんで分かるねん」


「顔に出てます」


「……」


 美佐子はため息をついた。


「噂になっとる」


「僕たちが?」


「そうや」


 優斗は少し黙った。


「何て言われたんですか?」


「いろいろや」


「気にしますか?」


「私は気にせん」


「……」


「でも、お前は違うやろ」


「僕も気にしません」


「嘘つけ」


「本当です」


 美佐子は優斗を見つめた。


「お前、まだ二十三や」


「はい」


「これから先、何十年も生きる」


「はい」


「周りから変な目で見られるような人生を選ぶ必要なんかない」


「……」


「普通に若い女と付き合って、結婚して、子ども作って――」


「美佐子さん」


 優斗が遮った。


「僕は、まだ何も決めてません」


「……」


「でも、誰と付き合うかを他人に決めてもらうつもりもありません」


 美佐子は黙った。


 優斗は続ける。


「僕が誰を好きなのかは、僕が決めます」


「……ほんま、強くなったな」


「美佐子さんと会ってからです」


 美佐子の目が揺れた。


「前の僕なら、こんなこと言えなかったと思います」


「……」


「美佐子さんが、自分の人生を自分で決めてきたみたいに」


 優斗はまっすぐ美佐子を見る。


「僕も、自分の人生は自分で決めたいです」


 美佐子は何も言えなかった。


 店を出る。


 二人で歩いていると、後ろから声がした。


「おーい、美佐子!」


 振り返る。


 美佐子の昔からの知り合いだった。


「また若い兄ちゃん連れとるやん」


「うるさい!」


「ほんまに彼氏ちゃうんか?」


「違う!」


 知り合いは笑いながら去っていった。


 美佐子は恥ずかしそうに顔を伏せる。


「……嫌やな」


「何がですか?」


「こういうの」


「僕は平気です」


「私は平気ちゃう」


 優斗が美佐子を見る。


「どうして?」


「……」


 美佐子はしばらく黙った。


「お前が傷つくのが嫌やからや」


 優斗は何も言わなかった。


 美佐子は歩きながら続ける。


「私はもう、いろんなこと経験してきた」


「はい」


「人に何言われても、だいたい耐えられる」


「……」


「でも、お前は違う」


 美佐子の声が少し震えた。


「お前には、これからがある」


 優斗は静かに答えた。


「美佐子さんにも、これからがありますよ」


「……」


「僕はそう思ってます」


 美佐子は足を止めた。


 優斗も止まる。


 街灯の下で、二人は見つめ合った。


 美佐子は何か言おうとした。


 だが、言葉が出てこない。


 その夜。


 二人の間にある「四十一歳」という数字は、初めて周囲の言葉によって、現実の壁として突きつけられた。


 そして美佐子は、まだ気づいていなかった。


 これからもっと大きな問題が、二人を待っていることを。

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