第10話 それでも会いたい
美佐子に「帰れ」と言われてから、一週間が過ぎた。
優斗は、美佐子に連絡をしなかった。
美佐子からも連絡はない。
スマートフォンを開くたび、最後に交わした会話が頭に浮かぶ。
『僕は、後悔しません』
あの言葉を口にした時、自分でも驚くほど心は決まっていた。
けれど、会えない時間が増えるほど、胸の奥は苦しくなっていった。
「……会いたいな」
仕事帰り、優斗は小さく呟いた。
施設ではいつも通り働いている。
利用者に笑顔で接する。
同僚とも話す。
何も変わっていない。
ただ、一つだけ違う。
美佐子に話したいと思う出来事があっても、それを話す相手がいない。
その日も、担当している利用者から折り紙をもらった。
「優斗くん、これあげる」
「ありがとうございます」
「彼女さんにでもあげたらええ」
「……彼女はいないですよ」
そう答えたものの、美佐子の顔が浮かんだ。
帰宅してからも、なかなか眠れなかった。
スマートフォンを手に取る。
美佐子とのメッセージ画面を開く。
最後のやり取りから一週間。
「……送ってもいいかな」
何度も迷った。
そして、短い文章を打つ。
『元気ですか?』
送信。
既読はつかない。
優斗はスマートフォンを伏せた。
十分。
二十分。
一時間。
それでも返事はなかった。
翌朝になっても、返信はなかった。
優斗は諦めようとした。
これ以上、美佐子を困らせるのはやめよう。
そう思った。
ところが、その日の夕方。
施設を出たところで、スマートフォンが震えた。
『元気や』
短い一文。
優斗は思わず笑った。
『よかったです』
すぐに返信が来る。
『お前は?』
『僕も元気です』
そこで会話が途切れた。
それでも優斗は嬉しかった。
まだ完全に離れてしまったわけではない。
そう思えた。
数日後。
優斗は偶然、美佐子を見かけた。
道路の向こう側。
ダンプの運転席に座っている。
「美佐子さん!」
優斗が声をかける。
ダンプが停まった。
美佐子が窓を開ける。
「……何しとんねん」
「たまたま通ったので」
「そうか」
「仕事ですか?」
「ああ」
会話はそれだけだった。
けれど、優斗は美佐子の顔を見て安心した。
元気そうだった。
それだけでよかった。
「じゃあ、僕は帰ります」
「……優斗」
「はい?」
「飯……」
美佐子が言葉を止めた。
「なんですか?」
「いや……なんでもない」
「……」
優斗は少し笑った。
「僕、待ってますよ」
「何をや?」
「美佐子さんが言いたくなるまで」
美佐子は黙った。
そして、窓を閉めた。
「……ほんま、困った子や」
ダンプが走り去る。
その日の夜。
美佐子は自宅で一人、缶コーヒーを飲んでいた。
「……あの子は、なんであんなこと言うんや」
距離を置こうとしても、優斗は追いかけてこない。
無理に迫ってくることもしない。
ただ、そこにいる。
それが余計に苦しかった。
美佐子はスマートフォンを手に取る。
優斗との画面を開く。
『僕、待ってますよ』
その文章を何度も見る。
「……ずるいわ」
誰にも聞こえない声で呟いた。
翌週。
美佐子は仕事を終えた後、しばらくダンプの中で考えていた。
そして、意を決してメッセージを送る。
『今日、飯行くか』
送信してから、返信が来るまでが長く感じた。
数十秒後。
『行きたいです』
たったそれだけ。
それなのに、美佐子は胸の奥が熱くなった。
「……私もや」
誰にも聞こえない声で呟いた。
待ち合わせ場所。
優斗が先に来ていた。
美佐子が近づく。
「……久しぶりやな」
「一週間ですよ」
「私には長かったんや」
思わず口から出た言葉。
美佐子自身が驚いた。
優斗も驚いている。
「……美佐子さん」
「今の忘れろ」
「嫌です」
「なんでや!」
「嬉しかったので」
「……」
美佐子は顔を背けた。
「飯、行くぞ」
「はい」
二人は歩き始めた。
以前と同じように。
けれど、以前とは違う。
もう二人とも分かっていた。
ただの友達ではない。
そして――。
この気持ちを、いつまでも隠し続けることもできない。
その夜、美佐子は別れ際に言った。
「優斗」
「はい」
「……私も、お前に会いたかった」
優斗は何も言わなかった。
ただ、嬉しそうに笑った。
美佐子はその笑顔を見て、自分の気持ちから逃げることが、少しずつ難しくなっていることを感じていた。




